第28回「そして誰もいなくなった」
強い不安が原因で、日常生活をうまく送れなくなることがあります。
多忙で疲れているときは、のんびりと無人島で過ごしてみたい。そんな空想をする人もいるだろう。しかし、本当に無人島で1人になったら狂ってしまうかもしれない。人間は孤独に耐えられない生物のようだ。
不安になった女
亜季は25歳。飲食店チェーンでアルバイトをしており、正社員になることを目指していた。
「職場は人の出入りが激しいです。仕事はきつく、時給に見合わないと言って、みんな辞めていきます。この5カ月間に10人辞めました。今まで3人のチームで仕事をしていたのですが、人が減って2人になり、それでも仕事をこなさなければなりません。仲の良かった仲間が次々にいなくなり、寂しくて、とても悲しいです。夜になると、ぼんやりして自分は何がしたいのかなどと考え始めると、眠れなくなってしまいます」
そんなある日、彼女は店が忙しくなったとき、強い不安感に襲われ、動悸が激しくなったという。
「将来を考えると、先々が真っ白で不安です。精神科で薬をもらったのですが、あまりよくなりません」
家では父親が、「人が次々に辞める会社はまともじゃない、ブラック企業だ。早く辞めたほうがいい」などと言うので、口論になった。それもストレスだった。
「家を出て、自立したいのですが、経済的にまだまだ。毎日、何も楽しくありません。もともと対人関係が苦手なので、気心の知れた仲間がいなくなってしまうのは不安です」
人がいなくて閉店
彼女の職場は人が減りすぎて機能しなくなり、結局閉店することになった。他の店で働くことになったのだが、そこでも人がどんどん辞めていった。やがて、その店も閉店し、職を失った。
以前のアルバイト先で彼女は店長と恋愛関係になったが、失恋を機に辞めた。それからは職場恋愛をしないように気をつけ、純粋に仕事に打ち込んだ。
その一方で、父親は飲食店でアルバイトすることに反対だったので、苦悩していた。父親は彼女に、ごく普通に会社に就職して、適齢期に男性とめぐりあい、結婚してほしいと思っていた。彼女は父親との関係もストレスで、家でも孤独だった。
また、人間関係が苦手なので、新しい人と仕事をすることが精神的に負担だった。不安は、過労と不眠、職場での孤独感が重なって起きたのだ。同時に動悸が激しくなるという身体症状が現れたことにより、不安感に加えて、恐怖感が重なったようだ。
突然、不安感が襲う
彼女は、以前のアルバイト先で起きた失恋の傷が癒えないまま、今の仕事に就いた。本人はすっかり元気になったと思っていたようだが、そこで、次々に親しい仲間を失った。まさしく喪失の連続だった。
それに不足したメンバーの仕事もこなさなければならず、新たなメンバーとの人間関係のストレスもあった。
不安感はさまざまな原因が複合しているが、彼女を強い不安に陥らせた大きな理由は、職場の仲間との別れが続いたことだ。親しい人との別れは、どんな人でも悲しい。それが重なれば苦しいものだ。
彼女がもし、その会社でアルバイトをしていなかったら、こんな不安感に襲われることはなかったのだ。彼女は、この不安から抜け出るのに、2年間ほどかかった。
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●河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。
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