第33回「パワハラのトラウマ」
職場のメンタルヘルスに関する事例・対策などについて、専門家が解説します。
長い人生の中で、どんな人にもトラウマはある。受験に失敗した、大失恋した、リストラされたなど、さまざまだろう。トラウマは自分自身の成長につながる場合もあれば、うつ病などになって人生が思わぬ展開になる場合もある。
前任者のトラウマ
今回は、前回紹介した私のスーパーでの体験の続編になる。私は職場いじめを体験した。ある日作業をしていると、1人の古参パート女性に「そんなやり方をしているから遅いんだ」などと怒鳴られた。また、別のパート女性には、私には身の覚えのない仕事で責められる状況を作り出された。陰湿ないじめ行為だった。
こうしたいじめは感情的で、他人を支配しようとするゆがんだ行為だ。楽しく、情熱をもって仕事をすればいいのに、人はどうしていじめ行為をするのか。私は、その謎を解明したくなった。
その職場のパート女性たちは、以前勤務していた主任から激しいパワハラにあっていたことが分かった。その主任は、彼女たちが本社に訴えて、退職になったようだ。しかし次に配属された後任者に、一方的な不信感を持っていた。
パート女性たちは、新しい主任もやがてパワハラをするのではないかと日々恐れていた。朝出勤すると、「今日、もし怒鳴られたら本社に電話してやる」「朝から気分が悪いのよ」「前の主任のパワハラの後遺症かもしれない」「イライラする」などと口々に言っていた。どうやら前任者から受けたパワハラのトラウマがあるようだった。激しいパワハラによって精神的なショックを受け、心が傷ついていたのだ。
あるパート女性は「仕事がつらい。嫌な気分でいっぱい」と言い、また別のパート女性は「職場に来るのが嫌で仕方がない。今まで辛抱してきたのだから、この苦労を取り返さなければ」などと言っていた。彼女たちは明らかにパワハラのトラウマで精神的に疲弊しているようだった。
ストレスにさらされ続ける
パート女性たちは前任者に「バカ野郎!」「何をやっているんだ、ババア」「早くやれ」「どんな育ち方をしてきたんだ」「使えねえヤツだ」などと大声で怒鳴られ続けていた。
人間は長期間いじめなどの激しいストレスにさらされると、徐々に精神状態が変質してしまう。自尊心が低下し、いつもイライラして、突然怒りが爆発するようになる。自分に価値がなくなったように思え、無力感にさいなまれる。いつも情緒不安定なので、穏やかな人間関係をつくることが困難になる。
私は、ある依頼者の女性のことを思い出した。その女性は、持続的なトラウマにさらされ、複雑性PTSDになり、無関係な職場の同僚に対して「のんきそうに笑いやがって、あいつの家を燃やしてやりたい」などと言っていた。そうした攻撃的な感情や衝動が突然湧いてきたりするのだ。人間の精神状態は、継続的に強いストレスにさらされ続けると変質してしまうのだ。
なぜ、いじめ行為に及ぶのか?
彼女たちがいじめ行為に及ぶ背景を3つの点から考えてみた。まず、1つ目だが、彼女たちは更年期の影響で、情緒不安定の可能性が考えられる。その店で働くパートの女性たちは全員40代後半から50代の中高年で更年期の可能性が高い。更年期はホルモンバランスが乱れやすい状態になる。
エストロゲンが急激に減少することで、ストレスに弱くなったり、感情のコントロールができにくくなる。気分が晴れず、イライラしたり、落ち込んだり、情緒不安定になりやすいのだ。症状に個人差はあるが、更年期の女性がパワハラのようなストレスにさらされれば精神状態も悪くなるはずだ。
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●河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。
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