年収の壁をめぐる2つの問題
年収の壁に関する問題は2つの側面があります。1つは、自身の収入の非課税枠の問題で、壁を超えると自身に所得税がかかってきます。もう1つは、パートやアルバイトなどで働く配偶者の年収が一定額を超えると、もう一方の主たる生計維持者である配偶者の扶養から外れ、税金や社会保険料の負担が発生して、結果として世帯の手取り収入が減ってしまうことです。その収入の基準となる金額を、「○○○万円の壁」と表現することがあり、この壁を意識して働く時間を調整する人が多く、人手不足の一因になっていると言われています。
昨年の衆議院議員総選挙において、国民民主党の玉木代表が「手取りを増やし、インフレに勝つ。」というキャッチフレーズを掲げて選挙を戦い、議席数を7から28へと、4倍に増やすという躍進を遂げました。その際、政策の一つとして掲げた所得税減税において「基礎控除等を103万円から178万円に拡大する」と主張したことに端を発して、年収の壁について活発に議論されてきました。
国民民主党が主張している178万円の根拠は、非課税枠の引上げが最後となった1995年の最低賃金全国加重平均611円から、2024年の全国加重平均1,055円となった比率約1.73倍を、現行の非課税枠103万円に乗じた金額です。
一方、自民公明両党は、その期間の消費者物価の上昇率を踏まえて控除額を算出すべきだとし、また、地方財政における税収減の影響が多大であることなどから、令和7年度税制改正の大綱を作成、非課税枠を123万円とし、昨年末に閣議決定されました。
第217回衆議院の通常国会で「所得税法等の一部を改正する法律案」として政府案が審議されていましたが、当初案を見直した与党の修正案では、年収に応じて非課税枠を最大160万円に引き上げることとし、衆議院を通過。3月31日に参議院で可決・成立しました。以下、所得税についてみていきます。
所得税のしくみ
所得税は、個人の収入に対してかかる税金で、1年間のすべての収入から所得控除を差し引いた残りの課税所得に税率を適用し税額を計算します。そのため、適用される控除の種類が多いほど、控除額が増え、所得税が安くなります。
今回の所得税法等の一部改正に大きく関係しているのが、「給与所得控除」と「基礎控除」です。給与所得控除は、会社員やパートタイム労働者など給与や賞与などで収入を得ている場合、給与所得者が収入を得るために必要な経費を概算で控除するしくみで、給与等の収入金額から給与所得控除額を差し引いて算出します。改正前の給与所得控除額は、給与等の収入金額に応じて、次のようになっています。

※国税庁HPより抜粋
基礎控除は、最低限の生活費には課税しないという考え方に基づくもので、納税者本人の年収が2,595万円以下なら、48万円が控除されます。
課税所得金額を計算するための所得控除は改正前15種類で、そのほかに「配偶者控除」「配偶者特別控除」「扶養控除」「社会保険料控除」「生命保険料控除」「勤労学生控除」など、会社員であれば年末調整で会社が計算してくれる控除と、ふるさと納税などの「寄付金控除」「医療費控除」など、本人が確定申告する必要がある控除があります。
所得税がかからない改正前の年収の壁103万円は、「給与所得控除」と「基礎控除」それぞれの課税最低ライン、55万円と48万円を合計した金額となります。
それでは、今回の法改正によって、年収の壁はどのように変わることになるのでしょうか。ポイントを抜粋して確認していきたいと思います。
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●文/小杉雅和(こすぎ まさかず)
株式会社アイデム メディアソリューション事業本部データリサーチチーム所属/社会保険労務士
大学卒業後、大手運輸会社に入社し、営業事務職に従事。その後、労働保険事務組合にて、労働・社会保険の各種手続き、相談業務に従事した。1998年、株式会社アイデムに入社。「パートタイマーの募集時時給表」等の賃金統計や「パートタイマー白書」等のアンケート調査を手がける。現在は労働市場に関する情報提供、各種アンケート調査の作成・分析を主に担当。