■ウェルビーイング、何から始めればいい?
「健康経営※」という言葉が広まり、社員の心身の充実―「ウェルビーイング」―に目を向ける会社は増えました。でも、「実際に何をすればいいのか分からない」という声はまだまだ多く聞こえます。健康診断で異常が出て再検査を受けても改善しようとしない人もいれば、そもそも再検査を受けない人もいるでしょう。ただ、健康診断を実施しているだけでは、ウェルビーイングとは言えないのが現実です。健康診断が「気づきのきっかけ」として機能し、行動変容につながったとき、はじめてウェルビーイングへの入り口に立てる。では、そのために会社は何ができるのでしょうか。
※企業が社員の健康管理を経営視点で捉え、企業価値の向上につなげることを目指す経営施策
皆さんの周りには、「我慢して長生きしたくないから、酒もタバコもやめないし、今の生活を変えるつもりもない」といった発言をする方はいませんか? こういう言葉を聞くと、「この人を変えるのは無理だ」と感じるかもしれません。でも、その言葉をそのまま受け取らず、「なぜ、そう思っているのだろう?」と一歩立ち止まってみてください。言葉の背景に目を向けることが、変化へのきっかけになります。
健診を受けても生活が変わらない理由は、「意志が弱いから」ではありません。血圧や血糖値の異常は、自覚症状が出にくいもの。数値を見ても体の実感がともなわないため、「自分のこと」として受け止めにくいのです。
社員の健康問題に、企業はどう対応すれば いいでしょうか。筆者の産業看護師としての経験をもとに解説していきます。
■【ケース� 杁扮賣�30年・50代男性
受診しても変わらなかった社員が、半年で別人に
喫煙歴30年のAさん(50代男性)は毎年健診を受け、血圧の異常を指摘されると一応、再検査を受けていました。ですが、特に治療するわけでも、健康を意識した生活に変えるわけでもなく、血圧の数値が高い状況は変わりませんでした。
本人が気にしていることから始める
私がまず目を向けたのは、血圧でも喫煙でもなく、Aさんが「腰が痛い」とこぼしていたことです。医師からも以前より手術を勧められていたにもかかわらず、なぜか踏み切れずにいました。人は自分が関心を持っていることしか見えないもの。だからこそ、本人が気にしていることからコミュニケーションをとっていくことにしました。
面談を重ねながら観察していると、Aさんがいないと職場が回らない現状が見えてきました。その確信が持てたタイミングで「部下のことがあるから、しっかり治療するのを後回しにしているんじゃないですか?」と声をかけると、Aさんは驚いた顔で「そうなんだよね」とうなずいてくれました。この人は自分のことを分かってくれている―その感覚が生まれた瞬間でした。手術が不要な治療の選択肢も伝えると、ここで初めて本音で話せる信頼関係が生まれ、健康についての対話が少しずつできるようになりました。
腰から血圧、食事、そして禁煙へ
Aさんの腰の状態が落ち着いてきたころ、私は血圧の話を切り出しました。Aさんに「血圧高かったですよね。痛みは血圧を上げることがあります」と伝え、痛みが強い日と弱い日で血圧を測って比べていただきました。すると数値に差が出て、Aさんは「本当だ」と実感し、血圧の異常を「自分のこと」として初めて受け止めました。
次に食生活について、Aさんに「食べてはいけないものを減らす」だけでなく「食べた方がいいものを増やす」という視点で伝えました。人は行動や選択を制限すると反発しがちなので、ポジティブなアプローチを試みたのです。Aさんは食生活の改善に興味を持ち始め、意識が変わったころ、喫煙についての話をしました。やがて、Aさんは禁煙を始め、血圧も半年で大きく改善しました。
その後、Aさんは「この栄養素が今日の食事に足りていない」と気にするようになり、自分からYouTubeで健康のことを調べるほどに変わっていきました。ご家族から「変わりすぎて気持ち悪い」と言われたそうですが、そのくらいAさんは変わりました。
■【ケース�◆杁扮譴鬚垢觴禺蠎勸�
「仕掛け」のある対話で、7人中4人が禁煙達成
ある職場で、若い社員が入社すると喫煙を始めてしまうという問題がありました。喫煙者が多い職場で、周囲の雰囲気に流されて吸い始めてしまうようでした。彼らに「禁煙しましょう」と声をかけても「ふーん」で終わる日々。そこで「あなたが喫煙する理由はなんですか?」を入口に、一緒に考える対話スタイルをとりました。
Aさんのケースでも述べましたが、人は「やめなさい」という指示に反発しやすいもの。これは心理学で「心理的リアクタンス」と呼ばれる現象です。答えを押しつけず、自分で気づくきっかけを作ることが大切です。対話をするときの資料には、画像やイラストを使って自分のリスクをイメージできる仕掛けを組み込みました。結果、対話をした7人のうち5人が禁煙に挑戦し、最終的に4人が禁煙を達成しました。
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●文/湖口淳子(こぐち じゅんこ)
Mind Shift Health代表、健康管理コンサルタント
看護師、米国NLP協会™認定コーチ、健康経営エキスパートアドバイザー。看護専門学校を卒業後、看護師として総合病院に9年間勤務。新生児(NICU)から高齢者(循環器病棟)まで幅広い世代を担当。その後、大学教員として4年間勤務した後、産業看護師として企業の健康管理室で従業員の健康支援やメンタル不調対策を担当する。これまでに延べ約8,000人の健康サポートに携わってきた。現在は法人・個人向けに健康管理コンサルティングや健康指導を行っている。