「人を評価するのは難しい…」
評価者研修を実施すると、感想として多くの方からこの言葉を耳にする機会は少なくありません。「一生懸命、部下を見ている」「時間をかけて面談をしている」それでも「納得してもらえない」「成長につながらない」と感じてしまう…。そんな違和感の正体は、どこにあるのでしょうか。その鍵の1つが、「評価」と「評論」の違いです。
「評価」と「評論」の違いとは?
評価とは、本来「基準」と「事実」に基づいて行うものです。あらかじめ定められた数値目標や行動目標等に照らし合わせて、「どのような成果があったのか?」を客観的に捉え、判断する行為です。
一方、評論は「感想」や「印象」によるものです。基準が曖昧なまま、「なんとなく」「そう感じる」といった主観で語られる言葉です。
・評価(Evaluation)
あらかじめ定められた基準や目標に照らし合わせて、事実に基づき判断すること。目的は「成果の確認」と「成長につなげること」
・評論(Commentary)
個人の意見や感想、印象をもとに良し悪しを述べること。必ずしも基準や事実に基づくとは限らない
例えば、ある部下に対して「半期での売上達成率は○○%で、計画通りに進捗管理ができていた」という言葉は評価です。そこには基準と事実が存在し、結果の根拠が明確です。
しかし、「何となく努力が足りない気がする」「もっと高い意識を持って取り組んでください」という言葉はどうでしょうか。言われた側からすると、「何をどう改善すればいいのか分からない」という状態に陥ります。
つまり、評価は“次の行動を生み出す”のに対し、評論は“迷いを生む”ことが多いのです。
なぜ“評論”になってしまうのか
では、なぜ人事評価で評論になってしまうのでしょうか。
理由の1つは、評価基準が「今」で捉えられていることにあります。評価を、評価時期の期末に「まとめて判断するもの」と考えてしまうと、人はどうしても直近の印象や事実に頼りやすくなります。そのため、最近の出来事や強く印象に残った行動が評価全体を左右してしまうのです。
しかし、本来の評価は「プロセス」です。期首に「何を期待するのか?」を明確にし、その後の日々の行動を観察し、事実を積み重ねていく。その延長線上に期末の評価があります。ここで重要になるのが「事実を見る技術」です。忙しい中でも部下の行動に目を向け、小さな変化や積み重ねを捉えること。そして、それを“記憶”ではなく“記録”として残す工夫が重要です。この積み重ねがあるからこそ、評価は「印象」ではなく「根拠」を持ったものになります。
※次ページ以降の閲覧には、会員登録(無料)が必要です
●文/青�膨�一(あおやぎ よういち)
株式会社アイデム メディアソリューション事業本部 キャリア開発支援チーム/教育・研修企画担当
大学卒業後、大手自動車メーカーの営業職に従事。その後、人材派遣会社にてアウトソーシングの現場マネジメントを担当し、人材教育に注力。2007年、株式会社アイデムに入社。企業の課題に則した教育・研修を企画提案し、特に「マネジメント」研修、「コミュニケーション」研修での実績を積む。人材育成・活用を通じて企業が発展するために、「現場目線」「顧客目線」を徹底して意識した企画提案を行っている。