第27回「その上司は本当に親切だったのか?」
メンタルヘルスの治療は適切な方法で行わなければ、症状が悪化する可能性があります。
少し熱っぽく、寒気がすれば、「おや、風邪かな」と自分も周囲の人間も気づく。そこで親切な上司は、「早退して病院に行ったらどうか」と言ってくれる。部下思いのいい上司だ。それが風邪であればいいのだが、うつ病の場合はどうだろう。
親切な上司?
翔子は28歳。結婚して1人子供がいる。健康食品の電話のオペレーターをパートで始めた。問い合わせのあったお客に、年間契約を勧める仕事だ。成果に応じた給与をもらえるのが魅力だった。
入社から4カ月ほどすると、翔子はなかなか成果が上がらないことで、同僚や先輩から「ダメな人」扱いを受けるようになった。やがて会社に行くのがつらくなり、上司に「最近、気力がなく、眠れない」と相談した。すると、上司は、「うつ病かもしれない。以前にそういう従業員がいたよ。早退して近くの心療内科か精神科に行ったほうがいい」と言って、早退させてくれた。
親切な医師?
翔子は、自宅近くの心療内科を受診した。医師に「最近、気力がなくて、眠れない。将来のことを考えると不安だ」と自分の状態を説明した。医師は3分ほど症状について聞くと、すぐに「うつ病」と診断。「お薬を出しますから、飲んで様子をみましょう」と言った。優しそうな医師だった。抗うつ薬と睡眠薬、抗不安薬が処方された。それを飲むと、気分が少し楽になったが、今までできていた家事や育児がほとんどできなくなった。そして、仕事に行けない状態になった。
しばらく会社を休んでいると、このまま薬を飲んでいるともっと状態が悪くなるかもしれないと不安になり、薬を飲むのをやめた。すると、一段と状態が悪化した。しばらくしてクリニックに行くと、「薬を増量して、少し様子をみましょう」ということになった。
そうこうしているうちに、職場を辞めることになった。家事や育児も少しはできるようになったが、仕事ができるほどの状態ではなかった。それから3年が経過し、以前より薬は減ったが、仕事ができる状態ではない。
クリニックでは、親切そうな医師が「以前より、明るくなってよかったね」と言う。彼女は、「最近気力がなくて、眠れない。将来のことを考えると不安だ」と言っただけだったが、その後3年間、薬を飲む前のような状態で、働くことはできなくなった。
誰にも関心のないこと
翔子の主な不安原因は、夫が会社をリストラされ、ローンで買った家を売却しなくてはならなくなったことだった。それに加えて、職場でなかなか成績が上がらず、同僚からのいじめにあっていたことから、無気力になっていった。
そうした原因が重なって、夜も眠れず、うつ状態になっていたのだった。こうした彼女の経済的な状況や職場のストレスは、誰にも関心を持たれず、詳しく聞かれることはなかった。
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●河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。
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