近年、労働関係の訴訟は社会的関心が高まり、企業にとって労使トラブル予防の重要性は増しています。判例をもとに、裁判の争点やトラブル予防のポイントなどを解説します。(2023年2月28日)
【事案の概要】
本件は、着替え等の時間が「労働時間に当たるか?」が問題となった事件です。被告会社では、始業に間に合うよう更衣等を完了して作業場に到着し、所定始業時刻に作業を開始することとされています。所定終業時刻後には作業を終了し、終業後に更衣等を行うこととなっています。
また、勤怠は更衣を済ませ、始業時に体操をすべく「所定の場所にいるかどうか」が基準とされていました。作業に当たっては、作業服のほか所定の保護具、工具等の装着を義務付けています。装着は所定の更衣所又は控所等において行うものとされ、これを怠ると懲戒処分を受けたり、成績考課に反映されて賃金の減収につながるケースもありました。
こうした現状を踏まえ、原告らは更衣時間、移動時間等が「労働時間に当たる」として、会社に賃金の支払いを請求しました。
【裁判所の判断】
裁判所は、労働時間について「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」をいうとしました。また、「労働時間に該当するか否か」は、労働者の行為が「使用者の指揮命令下に置かれていると評価できるか否か」により、客観的に定まるとしています。
その上で、労働者が就業を命じられた業務の準備行為等を事業所内で行うことを使用者から義務付けられたり、これを余儀なくされたときは、当該行為は特段の事情のない限り、「使用者の指揮命令下に置かれたもの」と評価できるとしました。そして、当該行為に要した時間は、それが社会通念上必要と認められるものである限り、労働基準法上の「労働時間に該当する」としています。
本件については、作業服及び保護具等の装着を義務付けられ、装着は事業所内の所定の更衣所等でするものとされています。そのため、装着及び更衣所等から準備体操場までの移動は「使用者の指揮命令下に置かれたものと評価できる」としました。さらに、実作業の終了後も、更衣所等で作業服及び保護具等の脱離等を終えるまでは「指揮命令下に置かれている」ので労働時間に当たり、会社に賃金の支払いを命じました。
【解説】
今年の4月から、中小企業においても月60時間を超える時間外労働の割増賃金率が引き上げられます。労働時間を適正に把握していない場合、思いがけず長時間労働が認定されてしまい、高い割増賃金率が適用されかねません。
義務付けか、余儀なくされたのか
そこで今回は「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」にも記載のある着替え時間、手待ち時間、研修時間についてまとめてみました。いずれも「義務付けられているか」「余儀なくされたか」がポイントになります。なお、「義務付けられているか否か」については、本件判例でも認定されているように、何らかの「不利益(懲戒処分、人事評価等)が課せられるかどうか」も判断材料になってきます。
●文/岡正俊(おか まさとし)
弁護士、杜若経営法律事務所代表。1999年司法試験合格、2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)。専門は企業法務で、使用者側の労働事件を数多く取り扱っている。使用者側の労働事件を扱う弁護士団体・経営法曹会議会員。
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