若者のホームレスが増えているという。先行きの見えない時代では、予期しない失業によって、いつ、誰がホームレスになってしまうか分からない。
派遣切りに合う
34歳の浩之は派遣社員として自動車関連工場で働いていたが、職場いじめが原因でうつ病になって休職した。復職しようとしたが、その後、派遣切りにあって仕事を失った。ほどなくして生活に困窮するようになり、住む場所も追われた。ネットカフェで職探しをしながら日払いの仕事で生活していたが、やがて所持金が底をつき、公園のベンチや駅の周辺で寝泊まりをすることになった。
ある日、公園で寝ていると野良犬が寄ってきた。自分と同じ境遇のようで親近感がわいた。そんな矢先、同じ公園で生活をしていたホームレスが凍死した。とても寂しい気持ちになり、余計に犬が愛おしくなった。炊き出しや食品の配給をしている場所を探して食事にありつき、犬にも与えた。この絶望的な生活から抜け出せず、自分も凍死するかもしれないと考えると不安になった。
誰かに守られている
浩之は犬と一緒にいると、誰かに見守られているような感覚になることがあった。そして、誰かに「大丈夫」「心配ない」「安心しなさい」などという声をかけられたような気になった。
浩之は「自分の頭がおかしくなったかもしれない」と思ったが、不思議なことに「自分はひとりではない」という気分と、深い安心感がわいてきた。そんなとき、ホームレスの支援ボランティアの人たちとめぐりあい、犬と一緒に保護された。
家庭崩壊と不安定な雇用
浩之の父親は会社でパワハラが原因でうつ病になり、退職した。その後、家のローンが支払えなくなり、自宅を売却して小さなアパートで暮らすことになった。生活に困窮し、彼は高校を中退せざるをえず、近隣の自動車関連の工場で働くことになった。
ホームレスになった若者の中には、子供の頃に親から虐待やネグレクトを受けていたりするケースもある。家に居場所がないのだ。浩之も、父親がうつ病になって家族が崩壊したと言える。また、浩之がホームレスになった背景に雇用の問題がある。不安定な雇用は、失業するとすぐにホームレスになってしまう危険性をはらんでいる。
生きる気力を失う
浩之は仕事と住居を失ったことでパワーレスの状態になった。パワーレスとは、生きる気力を失うことだ。こうした状態になると自分1人で再起することは難しく、底なし沼に落ちたような感覚になる。もがけばもがくほど抜け出せず、ますます悪循環にはまってしまうのだ。
浩之は、この状況を誰にも相談できず、助けを求めることもなかった。家族も頼れる友人もおらず、完全に孤立してしまった。ホームレスになって食事も睡眠も確保できない状態が続けば、誰でも気力を失う。浩之は生きることが面倒になり、「誰かに殺してほしい」と思いつめるようになった。
●文/河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。