近年、労働関係の訴訟は社会的関心が高まり、企業にとって労使トラブル予防の重要性は増しています。判例をもとに、裁判の争点やトラブル予防のポイントなどを解説します。(2023年9月26日)
【事案の概要】
本件は、被告会社の元従業員である原告が、採用及び退職の際に被告会社との間で交わした競業避止義務※に関する合意が「公序良俗に反して無効である」として被告会社を訴えた事案です。
※競業避止義務
労働者が所属する(またはしていた)企業と競合に値する企業や組織に属したり、自ら会社を設立したりといった行為を禁じる義務のこと。在職中の場合、労働契約から導かれる労働者の誠実義務の一環として認められる。
被告会社は、実験用動物の飼育・医薬品等の研究開発等を業とする会社です。原告は、昭和59年3月に大学(薬学部)を卒業後、平成12年1月5日に被告会社に採用され、臨床開発事業本部で小グループのマネジャーとして勤務していましたが、平成13年9月2日に退職しました。
原告は入社の際、競業避止義務契約を結んでおり、退職の際にも競業避止義務の合意書を結びました。具体的には、退職後1年以内に被告会社グループと競業関係にある会社に就職せず、違反した場合には損害賠償義務を負う旨合意しました。
原告は退職後、製薬・生物工学・医療機器等に関連する臨床試験の管理等を業とする会社に就職し、新薬の開発に関する治験の実施・モニタリング業務に従事していました。
【裁判所の判断】
裁判所は、競業避止義務に関する合意の効力について、次のように判示しました。
まず、従業員の退職後の競業避止義務を定める特約は従業員の再就職を妨げ、その生計の手段を制限してその生活を困難にするおそれがあり、職業選択の自由に制約を課すとしました。また、一般に労働者は立場上、使用者の要求を受け入れ、このような特約を締結せざるを得ません。そのため、このような特約は、これによって守られるべき使用者の利益、これによって生じる従業員の不利益の内容及び程度、並びに代償措置の有無及びその内容等を考慮し、その制限が必要かつ合理的な範囲を超える場合には「公序良俗に反し無効であると解する」のが相当である、としました。
以上の判断手法に基づき、本件については、原告が関与したプロジェクトについて治験薬に関する秘密を知り得る立場にあったとは言えないことや、被告会社に就職したばかりであったこと等から「競業避止義務を課す必要性は低い」としました。
一方、原告が受ける不利益については、原告が職業生活の大半において臨床開発業務に従事してきたことから、同業他社への転職を制限することは「原告の再就職を著しく妨げる」としました。
このように原告の受ける不利益が被告会社の利益よりも極めて大きく、月額4000円の秘密保持手当が支払われていただけでした。また、退職金等の代償措置がとられていないことなどもあり、競業避止義務の期間が1年間にとどまることを考慮しても、制限が必要かつ合理的な範囲を超えるとして「公序良俗に反し無効」としました。
●文/岡正俊(おか まさとし)
弁護士、杜若経営法律事務所代表。1999年司法試験合格、2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)。専門は企業法務で、使用者側の労働事件を数多く取り扱っている。使用者側の労働事件を扱う弁護士団体・経営法曹会議会員。
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