近年、労働関係の訴訟は社会的関心が高まり、企業にとって労使トラブル予防の重要性は増しています。判例をもとに、裁判の争点やトラブル予防のポイントなどを解説します。(2023年10月24日)
【事案の概要】
本件は、懲戒解雇された従業員(原告、上告人)が、懲戒解雇の無効を理由とする労働者としての地位の確認、違法な懲戒解雇の決定に関与したことを理由とする会社代表者らに対する損害賠償等を請求した事案です。
被告会社(被上告人)は、化学プラント・産業機械プラントの設計、施工を目的とする株式会社です。大阪市に本社を置き、1992年4月に門真市にエンジニアリングセンター(以下「センター」)を開設しました。
原告は、1993年2月、被告会社に期間の定めなく雇用され、1994年6月15日、懲戒解雇されました。
会社は1986年8月1日、従業員代表の同意を得た上で、同日から実施する就業規則(旧就業規則)を制定し、同年10月30日、大阪西労働基準監督署に届け出ました。それから8年後、1994年4月1日から変更した就業規則を実施することとし、変更後の就業規則(新就業規則)について、同年6月2日に従業員代表の同意を得た上で、同月8日、大阪西労働基準監督署長に届け出ました。
センターは、旧就業規則制定後の1992年4月に開所した部署であることなどから、旧就業規則はセンターに備え付けられておらず、本社に置いてありました。
【裁判所の判断】
原審(高裁)は、原告がセンター勤務中、旧就業規則がセンターに備え付けられていなかったとしても、それを理由に旧就業規則がセンター勤務の従業員に「効力を有しないと解することはできない」としました。
その上で、得意先との間で多くのトラブルを発生させたこと、センター長の指示に従わず職場放棄ともとれる態度をとり、反抗的態度をとり続け、暴言を吐くなどして長期間にわたり職場の秩序を乱したことを認定し、懲戒解雇を有効としました。
しかし、最高裁は、就業規則が法規範としての性質を有するものとして拘束力を生ずるためには、その内容が適用される事業場の労働者に周知させる手続きが採られていることが「必要である」としました。
原審は、会社が労働者代表の同意を得て旧就業規則を制定し、労働基準監督署に届け出た事実を確定したのみです。その内容をセンター勤務の労働者に周知させる手続きが採られていることを認定しないまま、旧就業規則の効力を肯定し、本件懲戒解雇が「有効であると判断した」としました。
最高裁は、審理が十分に尽くされてなく法令の適用を誤った違法があり、「判決に影響を及ぼすことは明らかである」として原判決を破棄し、原審に差し戻しました。
●文/岡正俊(おか まさとし)
弁護士、杜若経営法律事務所代表。1999年司法試験合格、2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)。専門は企業法務で、使用者側の労働事件を数多く取り扱っている。使用者側の労働事件を扱う弁護士団体・経営法曹会議会員。
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