近年、労働関係の訴訟は社会的関心が高まり、企業にとって労使トラブル予防の重要性は増しています。判例をもとに、裁判の争点やトラブル予防のポイントなどを解説します。(2023年12月21日)
【事案の概要】
本件は、自動車教習所に正社員として勤務していた労働者2名が、損害賠償を求めた事案です。労働者2名は定年退職後に有期雇用契約の嘱託職員として再雇用されましたが、基本給・賞与等が大きく下がりました。それについて、正社員と嘱託職員との賃金の相違は労働契約法20条に違反すると主張し、損害賠償を求めました。
労働者Aは定年退職時の基本給は月額18万1640円でしたが、再雇用後の1年間は月額8万1738円、その後は月額7万4677円になりました。労働者Bは定年退職時の基本給月額16万7250円でしたが、再雇用後の1年間は月額8万1700円、その後は月額7万2700円になりました。
また、労働者Aの定年退職前3年間の賞与は1回当たり平均約23万3000円でしたが、再雇用後の嘱託職員一時金は1回当たり8万1427円から10万5877円でした。労働者Bの定年退職前3年間の賞与は1回当たり平均約22万5000円でしたが、再雇用後の嘱託職員一時金は1回当たり7万3164円から10万7500円でした。
両名とも、定年退職前後を通じて、主任の役職を退任したことを除き、業務内容及び業務に伴う責任の程度、職務内容及び配置の変更の範囲に違いはありませんでした。
【裁判所の判断】
高裁判決は、基本給が定年退職時の基本給額の60%を下回る部分、嘱託職員一時金が定年退職時の基本給額の60%に所定の掛け率を乗じて得た額を下回る部分は、不合理(労働契約法20条違反)としました。
判決理由は業務内容、責任の程度、職務内容・配置の変更の範囲に相違がないにもかかわらず、労働者両名の基本給・賞与の額が大きく下がり、年功的賃金により金額が低く抑えられている勤続年数の短い正社員の基本給・賞与を下回っていること等からです。
しかし、最高裁はこのような考え方をとりませんでした。まず、労働条件の相違が基本給や賞与であったとしても、不合理とされる場合があり得るとしました。もっとも、その判断に当たっては、当該使用者における基本給及び賞与の性質や、これらを支給することとされた目的を踏まえて労働契約法20条所定の諸事情を考慮し、労働条件の相違が「不合理かどうかを検討すべき」としました。
そして基本給の性質について、勤続給だけでなく職務給と職能給の性質も持つとみる余地があるとしました。これに対して嘱託職員は「勤続年数に応じて増額されない」こと等からすると、正職員の基本給とは異なる性質・支給目的を有するとみるべきとしました。
しかるに、高裁判決は「年功的性格を有する」としただけで他の性質・支給目的を検討しておらず、嘱託職員の基本給と賞与と一時金について「性質・支給目的を十分検討していない」としました。また、労働組合との交渉についても結果に注目するだけで、具体的な経緯を勘案していなく、審理が十分にされていないとして原審に差し戻しました。
●文/岡正俊(おか まさとし)
弁護士、杜若経営法律事務所代表。1999年司法試験合格、2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)。専門は企業法務で、使用者側の労働事件を数多く取り扱っている。使用者側の労働事件を扱う弁護士団体・経営法曹会議会員。
https://www.labor-management.net/