近年、労働関係の訴訟は社会的関心が高まり、企業にとって労使トラブル予防の重要性は増しています。判例をもとに、裁判の争点やトラブル予防のポイントなどを解説します。(2025年7月22日)
【事案の概要】
本件は、賃金・賞与減額や被告代表者らからのパワハラ等が問題となった事案です。被告会社は食品の製造販売等を営む株式会社で、従業員数はパート含め約40人です。原告は平成17年5月に正社員として採用され、入社以降、主として営業と配達業務に従事していましたが、平成27年9月頃から製造業務に従事しています。
まず賞与について原告は、平成27年夏季賞与から平成29年年末賞与までの各賞与額を不当に減額されたとして、本来の賞与額との差額分の損害、または精神的苦痛による慰謝料として約80万円の損害賠償金の支払いを求めました。また、パワハラによる慰謝料としては300万円の請求がなされました。
平成24年夏季・同年年末、原告の賞与額はそれぞれ23万5000円、24万円でしたが、平成29年夏季・同年年末の賞与額はそれぞれ1万5000円、3000円でした。給与規程上、「賞与は、会社の業績に応じ、夏季および年末に支給する。ただし、会社の業績によっては賞与を支給しないことがある」「賞与は前条に定める算定期間における会社の業績、社員の勤務成績および出勤率を勘案して査定するものとする」との規定がありました。
本稿では賞与減額の点について述べたいと思います(パワハラについては、50万円の慰謝料が認められました)。
【裁判所の判断】
裁判所は、まず賞与についての請求について、次のように言っています。賞与が具体的な請求権として発生するためには、賞与の具体的な支給額または支給要件が労働契約、就業規則、労使慣行等で定められており、かつ、その要件が「十分に備わっていることが必要」としました。また、使用者の査定等が定められているときは、別途労使合意等がない限り、その査定等が「なされていることが必要である」と判示しました。
本件では、賞与額・賞与支給率が支給期ごとに変動していたこと等から、被告の賞与は一定の査定期間内の被告の業績や勤務成績等の査定に委ねられており、支給期ごとに決定されていました。そのため、賞与支給率が毎年固定されていたとか、全従業員に対して一律に支給される労使慣行があったとは「認められない」としました。そして、原告が他の従業員の平均的水準の賞与を受ける具体的権利を有しているとは「認められない」としました。
もっとも、賞与の支給・算定が使用者の裁量に委ねられていても、使用者はその決定権限を公正に行使すべきであり、裁量権を濫用することは許されず、公正に決定権限を行使することに対する労働者の期待は「法的に保護されるべきである」としました。また、使用者が正当な理由なく査定その他の決定を怠ったり、裁量権を濫用して労働者に不利な査定その他の決定をしたりしたときは、労働者の期待権を侵害するものとして不法行為が成立し、「労働者は損害賠償請求ができる」としました。
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●文/岡正俊(おか まさとし)
弁護士、杜若経営法律事務所代表。1999年司法試験合格、2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)。専門は企業法務で、使用者側の労働事件を数多く取り扱っている。使用者側の労働事件を扱う弁護士団体・経営法曹会議会員。
https://www.labor-management.net/