すべての都道府県で時給1,000円超
10月1日から、全国で最低賃金の改定が始まりました。各都道府県で順次発効され、期限は来年3月31日までとなっています。今年の全国平均は1,121円(前年度66円増)で、すべての都道府県で初めて時給1,000円を超えました(令和7年度地域別最低賃金の全国一覧)。年々続く引き上げの動きは、企業にとって深刻な課題として受け止められていることでしょう。経営者から「また賃金を上げなければならない」「人件費がかさんで利益が圧迫される」といった悲鳴にも似た声を耳にすることも少なくありません。
しかし、単純に人件費を抑えようとする発想では、優秀な人材の確保が困難になり、結果的に企業の競争力低下を招くリスクがあります。人口減少に伴う人材獲得競争の激化は、もはや恒常的な経営課題です。このような環境下で企業が持続的に成長していくために重要なのは、人件費に対する考え方を根本から見直し、「避けられないコスト」として捉えるのではなく、「企業成長への投資」として位置づけることです。そのためには、自社にとって適切な人件費水準が「どの程度なのか?」を客観的に把握し、戦略的に判断していく必要があります。
労働分配率という物差しで、人件費を見直す
人件費の適正水準を判断する上で有効なのは、労働分配率という指標です。労働分配率とは、企業が生み出した付加価値のうち、「どの程度を従業員への報酬として配分しているか?」を示すものです。計算式は、「労働分配率=人件費÷付加価値×100」です。
付加価値は「営業利益+人件費+減価償却費+賃借料」で算出できます。つまり、企業が事業活動を通じて新たに生み出した価値の総額を表しています。この付加価値に占める人件費の割合を見ることで、「自社の人件費水準が適正かどうか?」を客観的に判断できるのです。
一般的に適正な労働分配率は、製造業で45〜55%、小売業で50〜60%、サービス業で55〜65%、情報通信業で40〜50%程度とされています。もちろん、これらはあくまで目安であり、企業の規模や事業戦略によって最適な水準は変わってきます。ですが、自社の労働分配率が業界平均を大幅に下回っている場合は、時給アップの余地があることを示している可能性があります。
具体例で見る時給アップの可能性
具体的な例で考えてみましょう。月間売上高1,000万円、粗利率30%の企業があるとします。人件費は120万円で、労働分配率は40%ですが、業界平均の労働分配率は50%だったとします。この場合、適正と考えられる人件費は粗利300万円の50%にあたる150万円です。つまり、現状より30万円多く人件費に充てる計算になります。月間総労働時間が3,000時間だとすれば、30万円÷3,000時間で、時給を100円上げる余地があることになります。
労働分配率40%=人件費120万円÷粗利率300万円×100
労働分配率50%=人件費150万円÷粗利率300万円×100
ただし、この計算はあくまで理論値です。実際には売上の変動や季節要因、将来の投資計画なども考慮する必要があります。それでも、このような客観的な指標を使うことで、「なんとなく厳しいから上げられない」といった感覚的な判断から脱却し、データに基づいた意思決定ができるようになります。
●文/小橋一輝(こばし かずき)
OREZ.Financial Consulting代表、財務・金融コンサルタント、銀行取引アドバイザー
大学卒業後、地方銀行に入行。融資渉外担当として、多種多様な企業の創業から事業承継までのさまざまなステージをサポート。2019年に独立し、元銀行員としての豊富な経験を活かし、企業の資金調達や銀行取引の健全化などを支援。これまでに500社以上の企業、延べ1,000人以上の経営者・起業家・開業医を支援し、財務戦略の最適化をサポート。セミナー登壇・企業研修の実績多数。