近年、労働関係の訴訟は社会的関心が高まり、企業にとって労使トラブル予防の重要性は増しています。判例をもとに、裁判の争点やトラブル予防のポイントなどを解説します。(2026年1月27日)
【事案の概要】
本件は、市立幼稚園の教諭として勤務していた従業員(原告)が、園長からパワハラを受けたことや、市(被告)がパワハラについて適切な調査を怠ったことなどを主張して、損害賠償を求めた事案です。また、従業員側はパワハラの証拠として自身の執筆した日記のコピーを市に提出しましたが、市側がこの日記を従業員の承諾なくコピーし、市長以外の職員に閲覧させたことや、基金および園長に交付したことについても、「プライバシー侵害にあたる」として損害賠償を求めました。
市側は、パワハラの事実は確認できず、ヒアリング調査等によって十分な調査を行ったと主張しました。日記の取り扱いについては、事実調査に必要な範囲であり、「利用目的に沿ったものである」と主張しました。
【裁判所の判断】
裁判所は、パワハラの有無、市の調査義務、および日記の取り扱いについて判断を示しました。
(1)パワハラの有無と調査義務について
まず、園長の言動については、いずれも業務上の必要性がある指導の一環であり、「社会通念上許容される範囲を超えたものとは認められない」として、パワハラ該当性を否定しました。
次に、市の調査義務については、まず原告が申告するパワハラの具体的内容を明らかにした上で、園長らに「ヒアリング調査を行うのが望ましいとも考えられる」としました。一方で、ヒアリングが先行した点などに別の対応の余地があったとしつつも、日記提出後に再度園長への面談や同僚らへの幅広いヒアリングを実施していることから、「調査義務の懈怠(実施すべき行為を行わずに放置すること)があったとはいえない」と判断しました。
(2)日記の取り扱いの違法性について
日記の取り扱いについては、一部の行為について違法性を認めました。裁判所は、日記がパワハラの事実確認のために提出されたという経緯から、調査目的のために必要かつ相当な範囲で「市長以外の職員が閲覧することは許容されていた」と解するのが相当であるとしました。このような観点から、職員が日記のコピーを作成したことは上記の範囲内であり、「違法ではない」としました。しかし、以下の点については「必要性や相当性が認められない」と判断しました。
ア.公務災害補償基金へのコピーの提供
被告におけるパワハラ調査という目的外の利用であり、従業員が当然に許容していたとは評価できないため、「事前の同意がない限りプライバシー侵害にあたる」としました。
イ.園長へのコピーの交付
園長はパワハラの加害者とされる人物であり、日記には従業員の心情等も記載されていました。事実関係の確認が必要だとしても、日記のコピーそのものを渡すのではなく、事実関係のみを抽出した書面を交付するなどの方法が可能であったとして、必要性・相当性の認められる範囲を超えており、「プライバシー侵害にあたる」としました。
(3)結論
裁判所は、これらの行為について市の過失を認め、慰謝料等として計33万円の支払いを命じました。
●文/岡正俊(おか まさとし)
弁護士、杜若経営法律事務所代表。1999年司法試験合格、2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)。専門は企業法務で、使用者側の労働事件を数多く取り扱っている。使用者側の労働事件を扱う弁護士団体・経営法曹会議会員。
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