近年、労働関係の訴訟は社会的関心が高まり、企業にとって労使トラブル予防の重要性は増しています。判例をもとに、裁判の争点やトラブル予防のポイントなどを解説します。(2025年8月26日)
【事案の概要】
本件は、音響機器等の製造販売を目的とする会社(被上告人)に勤務していた女性社員(上告人)が、異動命令の無効を主張して提訴した事案です。なお、上告人は異動に応じず欠勤したため、停職の懲戒処分を受けましたが、その後も欠勤を続けたため、懲戒解雇されました。
上告人は、異動命令当時3歳の子を保育園に預けながら、夫と共働きで東京都目黒区の事業所に勤務しており、通勤時間は少なくとも約50分でした。夫は、港区南麻布所在の外資系の企業に勤めており、通勤時間は約40分でした。上告人は夫と分担して保育園までの送迎を行っていました。
一方、会社は、需要増加に伴う増員の必要性から、上告人に対し、東京都八王子市の事業所への異動を命令しました。これにより、上告人の通勤時間は片道約50分から最短でも約1時間40分以上に延び、保育園への送迎等に支障が生じることになりました。同事業所近くに転居した場合、夫の通勤時間は乗車駅から約1時間になりました。
また、同事業所付近には定員に余裕のある保育園が2つありました。なお、八王子事業所には、通勤時間1時間30分から2時間20分以上を要する男性従業員が数十人、同1時間20分から2時間近くを要する女性従業員が約10人いました。
1審、2審で異動命令が有効と判断されたため、これを不服として、上告人が最高裁判所に上告しました。
【裁判所の判断】
結論として、最高裁判所は原審の判断を支持し、異動命令は有効としました。裁判所が、本件異動命令によって労働者が受ける不利益は「通常甘受すべき程度を著しく超える」とまではいえない、と判断した理由は以下のような点です(高裁の判断を維持)。
�仝十撒錣�らの通勤が可能であること
高裁は、転勤による通勤時間(片道約1時間40分超)について、同事業所には同程度またはそれ以上の時間をかけて通勤している従業員が相当数存在したことや、首都圏の通勤事情を考慮すれば、通勤可能な範囲としました。
��会社側の配慮と労働者側の対応
高裁は、会社側が上告人と勤務時間や保育問題について話し合い、「できる限りの配慮をしたいと考えていた」と認定しました。しかし、上告人側がこの話し合いに積極的に応じず、命令拒否の態度を貫き、欠勤を続けたとし、上告人が会社との話し合いに応じていれば、「保育問題を解決できた余地がある」としました。
�E承錣砲茲衒欅虧簑蠅�解決可能であったこと
高裁は、上告人が転居することも現実的な選択肢であったとし、転居すれば保育問題等が解決可能であったと判示しました。
最高裁は、これらの判断に加え、会社側の業務上の必要性を認め、さらに「不当な動機目的はない」として、本件異動命令を「権利濫用に当たらない」と判断しました。
●文/岡正俊(おか まさとし)
弁護士、杜若経営法律事務所代表。1999年司法試験合格、2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)。専門は企業法務で、使用者側の労働事件を数多く取り扱っている。使用者側の労働事件を扱う弁護士団体・経営法曹会議会員。
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