<ストレス心理コンサルタント>
危険を回避するには、日頃からシミュレーションをしておく必要がある。また、チームとして危険を回避するためには、チームのメンバーたちとのコミュニケーションが大切だ。そうしたことが十分にできていないと事故の要因になる。
責任分散と呼ばれる心理現象がある。集団の中で、個人の自意識が低下してしまうことをいう。誰かが注意しているだろうと思い、「自分が関与しなくても大丈夫だろう」と考えてしまうことである。晃が事故にあったのも、背景にそういうことがあったと考えられる。
ハドソン川の奇跡
2009年1月15日、USエアウェイズ1549便はバードストライク(鳥が航空機や列車、建造物などに衝突する事故のこと)でエンジンが止まった。だが、サレンバーガー機長がハドソン川に着水させ、乗客155人全員を生還させた。離陸から着水までわずか5分間でのことで、この出来事は「ハドソン川の奇跡」と呼ばれ、映画にもなった。
サレンバーガー機長の判断力は、膨大な飛行時間の経験と、過去の事故事例から養われたものと考えられる。物事を一瞬で正確に判断するには、その物事について熟知し、日頃から十分に訓練していることが大切だ。晃にも、同じように冷静な判断力があれば、事故を回避できたかもしれない。
安全を意識する
「ハドソン川の奇跡」では、乗務員が乗客の安全を支えた。乗務員は、声をそろえて「身構えて! 頭を下げて! 姿勢を低くして!」と繰り返した。それで乗客全員が衝撃防止姿勢をとれたのだ。研究によると、印象的なフレーズや高い声、短音節の言葉、歌のようなパターンの繰り返しは、脳の辺縁系に働きかけ、前頭前皮質に情報が伝達されるスピードが増すことが分かっている。
USエアウェイズ1549便の乗務員たちは、こうした原理のもと、乗客の脳や行動に働きかけ、安全な態勢づくりに成功したのだ。晃の現場では、安全の意識が形骸化していた可能性がある。もし現場の作業員全員が、朝の作業前に「今日も安全に!」などと声をそろえて唱和していれば、より安全を意識する環境になっていたかもしれない。
心理的安全性を確保する
ハーバード・ビジネス・スクールの組織行動学者、エイミー・C・エドモンドソン教授は1999年に心理的安全性を提唱した。心理的安全性とは、チームの他のメンバーが自分の発言を拒絶したり、罰したりしないと確信できる状態のことだ。
心理的安全性がない職場では、そこで働く人たちが異変やミス、無理な指示であることなどを言い出しにくくなる。そのため、現場の小さな兆候が共有されず、事故や対応遅れにつながりやすい。小さな事故の繰り返しが、やがては大きな事故につながる。
事故の経験を今後に活かす
晃は、もしかしたらプロとして仕事をするという意識に欠けていたかもしれない。トイレは余裕をもってすませておいたり、日ごろから現場の人たちとコミュニケーションをとったり、自ら心理的安全性を作っていったりする必要があると言える。事故の経験から学び、今後に活かしていくことが大切だ。
※参考・引用文献
『ヒューマンエラーの科学』村田厚生/日刊工業新聞社
『ヒューマンエラーの科学』大山正・丸山康則編/麗澤大学出版会
『失敗のメカニズム』芳賀繁/角川ソフィア文庫
『現場事故を防ぐ「不注意の心理学」:なぜ起きるうっかりミスや勘違い』山下富美代/日刊建設工業新聞社
『機長、究極の決断』C・サレンバーガー/静山社
『恐れのない組織』エイミーC・エドモンドソン/英治出版
『危険予知訓練』中央災害防止協会編/中央災害防止協会
『奇跡の生還を科学する』ジェフ・ワイズ/青土社
※参考DVD
『ハドソン川の奇跡』ワーナー・ブラザーズ ホームエンターテイメント
※参考・引用サイト
「心理的安全性とは何か、生みの親エイミーC・エドモンドソンに聞く」エイミー・ギャロ/ハーバードビジネスレビュー 2003.04.14
「羽田空港 日航機・海保機衝突事故への3つの誤解」冷泉彰彦/Wedge ONLINE 2024年1月9日
「教授コラムVol.13『ハドソン川の奇跡』に学ぶ」群馬大学大学院医学系研究科 総合外科学講座 肝胆膵外科分野
●文/河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。