誰にでも新人のころがあるはずだ。求めていた仕事をすることになった人もいれば、現実に打ちのめされて辞めてしまう人もいる。
自分の考えが通らない
浩之は、広告会社に新卒で入社した。子供のころからサッカーが好きで、スポーツのプロデュースに興味があった。それに関わる仕事のある会社に入ったが、浩之の配属は営業部だった。主な仕事はクライアントに広告戦略を提案することだが、上司の考えた企画の資料作成ばかりで、自分の企画が採用されることはなかった。
先輩に聞くと、入社したときに自分が希望した仕事がやれている人はほとんどいないことが分かった。そんなとき、上司から「明日プレゼンがあるから資料頼んだぞ」などというプレッシャーの連絡がSNSで届く。浩之はあと半年間、今の状態が続いたら辞めようと決心した。
過労でダウン
真紀は一級建築士の資格を取得し、念願の住宅建築メーカーに就職した。希望は建築デザインの仕事だったが、設計図を作る部門に配属された。彼女は「自分は無口で自己主張が苦手なので、希望がかなわなかった」と思った。
設計図の仕事は、想像していたよりも大変だった。施工主や上司からのやり直しが多く、終電まで残業することが続いた。辞める人も多く、彼女も退職を考えるようになった。人事に建築デザイン部門への異動を訴えると、「今は空きがないのでしばらく待ってほしい」と言われた。真紀はそれを「自分は容姿が悪いから選ばれない」と解釈した。資格をとったのに、それを活かせない職場にいることに我慢できなかった。
真紀は過労による睡眠不足で、ミスを連発するようになった。そしてうつ状態になり、しばらく会社を休むことにした。休養して体調はよくなったが、会社に戻っても希望を叶えることはできないと思い、辞めることにした。
FOMOから自由になる
自分が取り残される感覚をFOMO(フォーモ:Fear of missing out)という。見逃したり、取り残されたりすることに不安を覚え、他人の行動や最新情報が過度に気になってしまう状態のことだ。特にインターネットやSNSを通じて引き起こされる。
浩之や真紀は、自分が輝ける仕事をつかむことに必死だった。友人の中には希望どおりの仕事を手にした人もいる。彼らに負けたくないのではなく、自分だけが取り残されたくないのだ。
会社が求めることの矛盾
会社は、新入社員を標準的な仕事ができるように配置し、教育する。浩之はプレゼン資料を作成し、真希は設計図を描く。会社にとって標準的な能力を身につけてもらうためだ。つまり、取り替えがきくように教育されている。一方で、会社は将来的に創造性を発揮してほしいとも思っている。
最初は「個性をなくせ」と言われ、しばらくすると「個性や創造性を発揮してほしい」と言う。矛盾したメッセージは、ダブルバインドといって人間の精神をゆがめてしまう。ダブルバインドによって、入社半年や1年目あたりからうつ病になったり、突然会社に来なくなったりする新人がいる。
「強みの無知」からの解放
新入社員の多くは自分にどんな強みがあるのか、分かっていない。だから自分に自信が持てず、ミスや失敗を恐れる。アメリカのVIA研究所のライアン・ニーミック博士はこれを、ストレングスブラインドネス(強みの無知)と呼んでいる。社会で仕事をしていくには自分の強みを知り、それをベースにしないと自信を持てない。
実際のところ、浩之も真紀も自分の強みを分かっていない。漠然としたイメージは持っているが、現実的なものではない。だから、基本的な仕事が苦痛でたまらないのだ。仕事が自分の強みを発見できる土台になることを、先輩や上司はきちんと伝える必要がある。
●文/河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。