近年、労働関係の訴訟は社会的関心が高まり、企業にとって労使トラブル予防の重要性は増しています。判例をもとに、裁判の争点やトラブル予防のポイントなどを解説します。(2024年2月25日)
【事案の概要】
今回は、原告が被告会社に能力不足を理由に解雇されたことの無効を訴えた事案です。
被告会社は、米国企業の子会社であり、ソフトウェアの販売及び顧客に対する技術的サポート(テクニカルサポート)等を業務内容とする株式会社です。原告はそこの従業員で、勤務していた当時、被告会社で唯一のエンジニアでした、顧客からの技術的な質問に対して、メールで回答するテクニカルサポート業務等を担当していました。
入社から5カ月程経過した後、被告会社は原告をテクニカルサポートの回答の質、件数を理由に普通解雇しました。解雇通知書には能力不足、職務怠慢が理由として挙げられ、具体的には以下のようになっています。
(1)テクニカルサポートの回答の質
20年以上の経験を持つエンジニアとしての対応が期待されていたが、説明なく英文記事を参照するような不十分な回答をしており、能力・知識、責務を全うする努力が欠如し、改善努力が認められない。
(2)テクニカルサポートの件数
少なくともチームの平均、またはそれ以上の件数対応を期待されていたが、チーム平均件数を下回っていた。また、業務終了間際にまとめて回答するなど、顧客満足度を図る業務対応とは思えない。
【裁判所の判断】
裁判所は、解雇が客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして「無効となる(労働契約法16条)」との一般論を提示した後、以下のように判断しました。
能力不足を理由として解雇する場合、まず使用者から労働者に対して、求める能力と労働者の業務遂行状況からみた労働者の能力に「どのような差異があるのか」を説明する必要があるとしました。また、改善点の指摘・改善指導をし、一定期間の猶予を与えて、当該能力不足を改善できるか様子をみた上で、それでもなお能力不足の改善が難しい場合に、解雇をするのが「相当であると考えられる」としました。
そして、原告の能力について、顧客に対する回答が英語サイトのリンク先等を示すだけであったり、顧客から不満が出ていたこと等を認定し、一定程度の期待を下回っていたことを認定しました。ただし、これらのみで直ちに労働能力・能率が甚だしく低いとか、甚だしく職務怠慢とまでは「評価できない」としました。
しかしながら、原告が被告会社の代表者の提案を「積極的に活用しない」「説明を拒否する」「回答しない」「メールに返信しない」等の姿勢をとっていたことから、適切なコミュニケーションが困難な状況であったとし、改善可能性がなかったとして、本件解雇が「客観的合理的理由を欠くとは認められない」と判示しました。
また、原告の態度に加え、被告会社が原告を即戦力として中途採用したことから、解雇まで何も処分等をせず、比較的短い期間で解雇したとしても「社会通念上不相当であったとは言えない」と判示し、結論として本件解雇を有効としました。
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●文/岡正俊(おか まさとし)
弁護士、杜若経営法律事務所代表。1999年司法試験合格、2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)。専門は企業法務で、使用者側の労働事件を数多く取り扱っている。使用者側の労働事件を扱う弁護士団体・経営法曹会議会員。
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