人事の仕事(採用・定着・育成など)は、「会社のお金をどう使うか?」を考えることでもあります。人事に求められる会社のお金に関する知識や考え方を解説します。(2026年8月4日)
助成金活用の落とし穴
助成金を検討するにあたって、あらかじめ知っておくべき注意点があります。
まず、申請から支給までに数カ月から半年以上かかることが一般的です。賃上げを実施した後、すぐに資金が手元に戻ってくるわけではないため、キャッシュフローへの影響を見越した計画が必要です。
次に、要件の確認と書類整備に相応の手間がかかります。就業規則の整備、賃金台帳の管理、訓練計画の作成など、普段から労務管理をきちんと行っていることが前提となります。
また、助成金の要件や支給額は毎年度改定されることが多く、前年度の情報をそのまま使うと要件を満たせないケースもあります。最新情報は厚生労働省のウェブサイトや、最寄りの労働局・ハローワークで確認するとともに、社会保険労務士に相談しながら進めると申請漏れや要件の見落としを防ぐことができます。
「コストと制度」を一体で設計する視点
社会保険料の増加を正確に見積もり、活用できる助成金を事前に調べた上で賃上げ計画を立てる——この一連の作業は、一見すると経理や総務の仕事のように見えます。
しかし、賃上げを人事の判断として経営者に提案するためには、こうした周辺コストと制度活用を含めた「総合的な試算」を示せることが必要です。
「月1万円の賃上げで総人件費はこれだけ増えます。ただし、人材開発支援助成金を活用すれば研修費用の一部が補填され、実質負担はこれだけになります」という提案ができる人事担当者は、経営者にとって非常に頼もしい存在です。
数字で語れる人事が、賃上げという難しい課題を経営の意思決定に落とし込む力を持ちます。
今回の「一歩」
直近の損益計算書を手元に置き、「法定福利費※」の金額を確認してください。次に、その金額を「給与手当」で割ってみます。これが自社の法定福利費率です。先ほどの15〜16%という目安と大きくずれていないか、まずは自社の実態を確認してみましょう。自社の法定福利費率が分かれば、賃上げ計画への活用が具体的になります。
※勘定科目の1つで、法律で事業主の負担が義務付けられている福利厚生に関わる費用のこと(健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険・介護保険など)
例えば、自社の法定福利費率が16%だと分かったとします。月給を1人あたり1万円引き上げる場合、会社の実質負担増は「1万円×(1+0.16)=1万1,600円」と計算できます。10人分なら月11万6,000円、年間では139万2,000円の追加負担です。この数字をあらかじめ試算しておくことで、「賃上げにいくら原資が必要か?」を給与ベースではなく、自社の実態に即した総人件費ベースで経営者に提示できるようになります。
あわせて、今回ご紹介した業務改善助成金・人材開発支援助成金・キャリアアップ助成金の3つと、自社の状況を照らし合わせてみてください。該当しそうな取り組みがあれば、社会保険労務士に相談し、要件を確認することをお勧めします。総人件費の増加見積もりと、活用できる制度の洗い出しは、必ずセットで進めてください。
●文/小橋一輝(こばし かずき)
株式会社Elavis代表取締役、財務・金融コンサルタント、銀行取引アドバイザー
大学卒業後、地方銀行に入行。融資渉外担当として、多種多様な企業の創業から事業承継までのさまざまなステージをサポート。2019年に独立し、元銀行員としての豊富な経験を活かし、企業の資金調達や銀行取引の健全化などを支援。これまでに500社以上の企業、延べ1,000人以上の経営者・起業家・開業医を支援し、財務戦略の最適化をサポート。セミナー登壇・企業研修の実績多数。