人事の仕事(採用・定着・育成など)は、「会社のお金をどう使うか?」を考えることでもあります。人事に求められる会社のお金に関する知識や考え方を解説します。(2026年5月12日)
賃上げの原資を作るには?
前回、労働分配率という指標を使って、賃上げができない背景には「粗利に対して人件費が、すでに上限近くに達している」という構造的な問題があることをお伝えしました。では、その構造を変えるにはどうすればよいのでしょうか?
答えはシンプルです。人件費の分母にあたる「粗利」を増やすことです。人件費を削らずに労働分配率を下げるには、粗利そのものを大きくするしかありません。「賃上げの原資をどう作るか?」という問いは、突き詰めれば「どうやって粗利を増やすか?」という問いと同義になります。
粗利を増やす道は、大きく2つあります。ひとつは「値上げ(価格転嫁)」、もうひとつは「生産性向上」です。この2つは性質がまったく異なり、自社の状況によって「どちらが有効か?」も変わってきます。人事担当者がこの違いを理解しておくことは、経営者との賃金に関する議論において、非常に重要な意味を持ちます。
値上げ(価格転嫁)で粗利を増やす
粗利は「売上高−売上原価」で計算されます。売上原価とは、仕入れ費用や製造にかかる直接コストのことです。したがって、同じ数量を売っていても、販売価格を上げれば粗利は増えます。これが価格転嫁の効果です。
例えば、1個1,000円の商品を月1,000個販売し、原価が700円だとします。この場合の粗利は「(1,000円−700円)×1,000個=30万円」です。ここで販売価格を1,100円に値上げできれば、粗利は「(1,100円−700円)×1,000個=40万円」となり、10万円の増加になります。販売数は変わらないのに、粗利が33%増えた計算です。
値上げは一見すると、顧客離れを招くリスクがあるように感じられます。しかし、原材料費や光熱費の上昇が続く現在、適切なコスト上昇分を価格に反映させることは避けられないと言えます。取引先や顧客への丁寧な説明と合わせて、段階的に実施していくことが現実的な進め方です。
人事として経営者に「価格転嫁が実現すれば、賃上げ原資がこれだけ増える」という試算を示すことが、賃上げの議論を前に進めるきっかけになります。
生産性向上で粗利を増やす
粗利を増やすもうひとつの道が、生産性の向上です。生産性とは、ひとことで言えば「同じ人数・時間でより多くの粗利を生み出す」ことです。値上げが「1単位あたりの利益を増やす」アプローチだとすれば、生産性向上は「利益を生み出す量を増やす」アプローチといえます。
人事の観点から生産性を考えるとき、最も分かりやすい指標が「1人当たり粗利」です。計算式は「1人当たり粗利=粗利÷従業員数」です。例えば、粗利4,000万円・従業員10人であれば、1人当たり粗利は400万円です。業種や事業モデルによって水準は異なりますが、この数字が高いほど「少ない人数で大きな利益を生み出せている」状態を意味します。
生産性を高める手段としては、業務プロセスの見直しやシステム導入による効率化、付加価値の高い業務への人員シフト、外注・アウトソースの活用による間接業務の削減などが挙げられます。いずれも一朝一夕には実現しませんが、「1人当たり粗利をどう増やすか?」という問いを持つことで、採用・配置・育成に関する人事の判断に、一貫した軸が生まれます。
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●文/小橋一輝(こばし かずき)
株式会社Elavis代表取締役、財務・金融コンサルタント、銀行取引アドバイザー
大学卒業後、地方銀行に入行。融資渉外担当として、多種多様な企業の創業から事業承継までのさまざまなステージをサポート。2019年に独立し、元銀行員としての豊富な経験を活かし、企業の資金調達や銀行取引の健全化などを支援。これまでに500社以上の企業、延べ1,000人以上の経営者・起業家・開業医を支援し、財務戦略の最適化をサポート。セミナー登壇・企業研修の実績多数。