人事の仕事(採用・定着・育成など)は、「会社のお金をどう使うか?」を考えることでもあります。人事に求められる会社のお金に関する知識や考え方を解説します。(2026年8月4日)
賃上げをすると、給与以外のコストも増える
前回は、賃上げの原資を「誰に・いくら」配分するか、という設計の考え方をお伝えしました。しかし、賃上げを実施する際に見落としがちな論点がもう1つあります。給与を上げると、給与以外のコストも連動して増えるという事実です。
その代表が社会保険料です。健康保険・厚生年金・雇用保険などの社会保険料は、給与額を基準に計算されるため、給与が上がれば会社負担分も増加します。一般的に、会社が負担する社会保険料は給与総額のおよそ15〜16%程度です。つまり、月額1万円の賃上げをすると、会社の実質的な人件費負担は1万円ではなく、約1万1,500〜1万1,600円増えるという計算になります。
この「見えないコスト増」を把握せずに賃上げを実施すると、予定していた原資をオーバーするリスクがあります。賃上げを設計する段階で、社会保険料の増加分を含めた「総人件費」での試算を行うことが、計画倒れを防ぐ上で不可欠です。
「総人件費」で考える習慣を持つ
人事担当者が身につけておきたい習慣の1つが、人件費を「給与総額」ではなく「総人件費」で把握することです。総人件費とは、給与・賞与に加えて、会社負担の社会保険料、退職金積立、福利厚生費などを含めた合計額です。
例えば、月給30万円の社員が1人いるとします。年間の給与総額は360万円ですが、会社負担の社会保険料が約55万円(給与の約15%)、退職金積立が月1万円として年12万円とすると、この社員1人にかかる総人件費は年間約427万円になります。給与だけで見るより約18%多い計算です。
賃上げ後の労働分配率を正確に把握するためにも、計算に使う「人件費」は総人件費ベースで統一することを意識してください。損益計算書の「給与手当」だけでなく、「法定福利費」「福利厚生費」も含めた数字を使うことで、より実態に近い経営判断ができます。
助成金は「もらえるお金」ではなく「使い方を設計するもの」
社会保険料の増加が人件費を押し上げる一方で、うまく活用すれば賃上げコストの一部を補填できる制度があります。国や自治体が用意している雇用関連の助成金です。
ただし、助成金に対して「申請すればもらえる補助金」というイメージを持っている方は多いのですが、実際には「一定の要件を満たした上で、事後的に支給される」という性質のものです。先に会社がコストを負担し、要件を満たしていることを証明した上で申請する仕組みです。
このため、助成金は「もらえるかもしれないから賃上げしよう」という発想ではなく、「賃上げの計画に助成金を組み込んで原資を強化する」という使い方が正しい位置づけです。
人事担当者が知っておきたい主な助成金
雇用関連の助成金は種類が多く、要件も頻繁に改定されます。ここでは、賃上げや人材育成と関係が深い代表的なものを3つ紹介します。
1つ目は「業務改善助成金」で、最低賃金引き上げに向けた取り組みを支援する制度です。生産性向上のための設備投資や研修を実施した上で、事業場内の最低賃金を一定額以上引き上げた場合に、費用の一部が助成されます。賃上げと生産性向上を同時に進める場合に活用しやすい制度です。
2つ目は「人材開発支援助成金」です。従業員のスキルアップのための研修・訓練を実施した場合に、訓練費用や訓練期間中の賃金の一部が助成される制度です。育成コストを補填しながら人材の付加価値を高め、結果として生産性向上による賃上げ原資の確保につなげるという活用が考えられます。
3つ目は「キャリアアップ助成金」です。パートタイマーや契約社員などの非正規雇用労働者を正社員へ転換したり、処遇を改善したりする取り組みに対して支給される助成金です。非正規社員の賃上げや正社員化を検討している企業にとって、活用の余地が大きい制度です。
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●文/小橋一輝(こばし かずき)
株式会社Elavis代表取締役、財務・金融コンサルタント、銀行取引アドバイザー
大学卒業後、地方銀行に入行。融資渉外担当として、多種多様な企業の創業から事業承継までのさまざまなステージをサポート。2019年に独立し、元銀行員としての豊富な経験を活かし、企業の資金調達や銀行取引の健全化などを支援。これまでに500社以上の企業、延べ1,000人以上の経営者・起業家・開業医を支援し、財務戦略の最適化をサポート。セミナー登壇・企業研修の実績多数。