人事の仕事(採用・定着・育成など)は、「会社のお金をどう使うか?」を考えることでもあります。人事に求められる会社のお金に関する知識や考え方を解説します。(2026年9月8日)
賃上げ目標を粗利目標に翻訳する
本連載では、労働分配率から始めて、粗利の増やし方、採用コストの見直し、賃金配分の設計、社会保険料と助成金の扱い方をお伝えしてきました。最終回は、これらを1本の計画につないでいきます。
多くの企業が苦しむのは賃上げそのものではなく、「来年も続けられるか?」という問いです。一度上げた賃金を下げることは現実的に困難であり、賃上げは複数年の経営計画として設計しなければなりません。その第一歩が、賃上げ目標を粗利目標に翻訳することです。
例えば、粗利4,000万円・総人件費2,800万円・労働分配率70%の企業があるとします。この企業が3年後に総人件費を3,200万円まで増やしたいとすると、労働分配率70%を維持するために必要な粗利は「3,200万円÷0.7=約4,570万円」です。つまり「3年間で粗利を14%伸ばす」という具体的な経営目標に置き換わります。
「頑張って賃上げしよう」ではなく「粗利をこれだけ伸ばせば、これだけの賃上げができる」という逆算の発想。これが持続可能性の出発点となります。
3年計画で賃上げに向けたロードマップを作る
粗利目標が決まったら、実現の道筋を年度ごとに配置します。重要なのは、各年に「何をやるか?」だけでなく「どの数字で成否を判断するか?」をセットで決めることです。
1年目は、現状把握とコスト適正化の年です。実施項目は、採用コストの3層(直接費・間接費・離職再採用コスト)の算出、法定福利費率の確認、活用可能な助成金の洗い出し。確認する数字は「1人あたり採用コスト」と「法定福利費率」です。この年は粗利の大幅増を狙わず、土台を固めることに専念します。
2年目は、原資創出の年です。実施項目は、価格改定の実施と生産性向上施策への着手。確認する数字は「原価率」と「1人あたり粗利」です。価格改定は一度きりにせず、原価上昇に応じて見直す仕組みまで作ることが肝心です。
3年目は、配分設計を定着させる年です。実施項目は、社員のグループ分けに基づく傾斜配分の本格導入と、評価基準の社員への明示。確認する数字は「労働分配率」と「社員1人あたりの賃金水準」です。ここまで来ると、賃上げは毎年の経営サイクルに組み込まれた仕組みになります。
計画を立てたら1枚の表にまとめましょう。横軸に「現状・1年目・2年目・3年目」、縦軸に「粗利目標」「総人件費目標」「労働分配率」「実施項目」「確認する数字」を並べるだけで十分です。表があると、経営会議での議論が「賃上げするか、しないか?」の二択から、「どの施策をいつ進めるか?」という建設的な検討に変わります。さらに半期ごとに実績を書き込み、目標とのズレを確認し、翌年の計画を修正していくことで、表は「生きた資料」になります。
※最新号のみ、会員登録(無料)なしで閲覧いただけます
●文/小橋一輝(こばし かずき)
株式会社Elavis代表取締役、財務・金融コンサルタント、銀行取引アドバイザー
大学卒業後、地方銀行に入行。融資渉外担当として、多種多様な企業の創業から事業承継までのさまざまなステージをサポート。2019年に独立し、元銀行員としての豊富な経験を活かし、企業の資金調達や銀行取引の健全化などを支援。これまでに500社以上の企業、延べ1,000人以上の経営者・起業家・開業医を支援し、財務戦略の最適化をサポート。セミナー登壇・企業研修の実績多数。