人事異動とは、企業が従業員の配置や地位などを変更することをいう。異動を命じられた人は、異動先の人間関係になじめなかったり、仕事内容の変更に対応できなかったりすることがある。
拓馬の憂鬱
製菓会社に勤務する32歳の拓馬は1年前に、営業部から製品開発部に配属された。それまではスーパーなどの取引先をまわり、営業をしてきた。会社の和菓子部門の業績が低迷し、製品開発に力を入れることになった。そこで拓馬が和菓子部門の課長に抜擢され、上層部に「営業の視点から売れる商品の開発をしてほしい」と頼まれた。
だが、拓馬は何をすればいいのか、分からなかった。上司に相談すると「部下には、今までになかったような和菓子を作ってくれないか、と伝えればいい」と教えられた。拓馬がその言葉を伝えると、部下たちはプレッシャーやストレスを感じたようだった。配属されて1年が過ぎても新しい和菓子はできず、部下たちはやる気を失い、拓馬も自信をなくした。
そんなとき、熱心に開発していた部下が退職した。拓馬も逃げたいと思い、上司に退職を願い出ることにした。だが、「残ってくれないか」と引き留められ、拓馬はあと1年間だけ残ろうと決めた。
競争の激化と増え続けるコスト
拓馬の会社で作っているような和菓子は、競争が激しい。コンビニも参入しており、彼らは大きな資本力や販売力を背景に、次々に新商品を提供し続けている。一方、拓馬の会社は原料や人件費、輸送コストなどの値上がりで利益が出ない状況にあった。
拓馬は、会社の上層部から「おいしくて、売れる商品を開発してほしい」と繰り返し言われていた。彼は1年間で試作品を400種類ほど作ったが、1つとして市場に出せるものはなかった。そして、売れる商品を開発できなければ、いずれ和菓子部門はなくなるかもしれないと考えるようになった。
開発部門の存在意義
拓馬は、なぜ自分が和菓子の開発部門の課長に抜擢されたのか、分からなかった。人事異動を伝えられたときに「営業の視点を生かしてほしい」という説明を受けたが、和菓子に対して思い入れがあるわけでもなかった。実は、拓馬の前任者も営業から異動していたが、業績が上げられず、半年ほどで会社を辞めた。彼は「自分も同じ運命をたどるかもしれない」とも思った。
製菓会社の商品開発部門に就職してくるのは、製菓の専門学校を卒業してくる若者がほとんどだ。彼らは、意欲的にさまざまな試作品をつくる。ところが、どんなに試作品をつくっても製品化されないので、やがて意欲もなくなってくる。拓馬は部下に「どうすれば、採用される和菓子が作れるのでしょうか?」と質問されたことがあるが、答えられなかった。その部下は、結局会社を辞めてしまった。
●文/河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。