チャンスを逃さない
カリコ氏はハンガリーで研究費が出なくなったことで、アメリカに行くことになった。また、ワイスマン氏とコピー機の前で偶然出会ったことが共同研究への足がかりになり、ビオンテックのサヒン氏の誘いを受けて実用化のチャンスをつかんだ。彼女はさまざまな偶然や出会いを活かし、成功をつかんだ。
スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授は、計画的偶発性理論(プランド・ハップンスタンス理論)を提唱している。それは「成功の8割は、予想もしない偶然の出来事によっておこる」というものだ。ふと訪れたチャンスや偶然の出会いを活かすことこそ成功の鍵なのだ。クランボルツ教授は、チャンスをつかむことに必要な行動特性として好奇心、持続性、柔軟性、楽観性、冒険心の5つをあげている。好奇心を持ち、失敗や困難でも諦めず、状況の変化に柔軟に対応し、物事のポジティブな側面を見いだし、新しいことチャレンジするということだ。
出会いを大切に
カリコ氏は、いつも人との出会いを大切にしてきた。講義に出れば隣の人に声をかけ、自分の研究を話して興味をもってくれる人を探した。また、キャンパス内で偶然出会った人に、自分の作った「分子」を渡して研究への理解を求め、協力者を探した。コピー機の前で出会ったワイスマン氏に、自分の研究について話したこともそうだ。2人の出会いがなければ、コロナワクチンはまだ誕生していなかったかもしれない。
アメリカの社会学者マーク・グラノヴェッターは、社会ネットワーク理論を提唱している。それは、「新たなチャンスをもたらしてくれるのは、親しい友人よりも弱いつながりの知人だ」というものだ。自分とは違う分野の情報やネットワークを持つ人との出会いがブレイクスルーを生み出す、という。カリコ氏は親しい友人ではなかったワイスマン氏との出会いで、チャンスをつかんだ。その出会いが、やがてノーベル賞をとるほどの発見をすることになったのだ。
失敗しても決して諦めない
カリコ氏は失敗をしたり、壁に当たったりして研究が暗礁にのりあげても、決して諦めずに研究を続けた。失敗を批判する人もいて、彼女の心は傷ついたが、他人の評価を気にするのはやめようと決め、前に進んだ。
逆境にめげない心は、歴史的な研究や発明をしている人に共通することだ。例えば、電球を発明したエジソンも、電球をつくるのにおよそ2000回ものフィラメントを試したという。エジソンは「諦めることは私たちの最大の弱点だ」と指摘している。
ペンシルベニア大学のアンジェラ・ダックワース教授は、成功する人は、才能があるだけではなく、困難や逆境に直面しても情熱を失わず、やり抜く力(グリット理論)を持っていることを提唱している。グリット理論は、困難に立ち向かう不屈の闘志、逆境にめげずに立ち直る復元力、自ら目標を設定する自発性、成功への執念という4つの要素からなる。
カリコ氏は自分の好奇心を大切にし、さまざまな人との出会いをチャンスに変えた。そして、決して諦めない精神力でチャレンジを繰り返し、ついに成果をつかみとった。好奇心は誰にでもあると思うが、大切に育てたいものだ。それはAIに聞けばなんでも答えてくれる時代を生き抜く上で、とても重要なことだ。AIが進化すればするほど、AIを使う人間の素養や経験などが問われる。自分の頭で考えたり、行動したりすることが人生を切り拓いていくことは、いつの時代も変わらないだろう。
※参考・引用文献
『世界を救うmRNAワクチンの開発者 カタリン・カリコ』増田ユリヤ/ポプラ新書
『やり抜く力 GRIT(グリット)』アンジャラ・ダックワース/ダイヤモンド社
『UCLA医学部教授が教える科学的に証明された「なし遂げる力」』ショーン・ヤング/ 東洋経済新報社
※参考・引用サイト
『「好奇心に基づく研究」が大切な理由』須田桃子/NewsPicks
『「失敗ではない。うまくいかない1万通りの方法を発見したのだ」。エジソンの失敗論に学ぶ』Miku S/TABI LABO
『やり抜く力=GRIT(グリット)を身につけよう!〜心理学をビジネスに活かそう(28)』人事ラボ
『クランボルツの計画的偶発性理論とは?キャリアへの活用方法を解説』黄瀬真理/C・D LABO
『SWT理論とは?「弱い繋がりの強さ」を活かしてイノベーションを起こす方法を解説します』高橋新平/ourly Mag
『予言の自己成就とは?目標達成や仕事への活かし方』税理士法人レガシィ
●文/河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。