立ち直るきっかけはボランティア
裕子は被災してから、誰も信用できなくなった。避難所で盗難にあったり、性的暴行を受けそうになったりしたことが原因かもしれない。こうした非日常の経験が、彼女の人間関係や人格形成に影響を及ぼした。友達ができず、パートナーと呼べる人もできなかった。誰にも自分が被災したときの話をできず、心はいつまでも癒やされずにいた。
そんなあるとき、裕子は、知人の頼みで外国人観光客に、ボランティアで観光地を案内することになった。今まで外国人と対話をしたこともないので、はじめは戸惑った。しかし、ジャスチャーや表情などを交えて対話することが、だんだん面白くなってきた。また、うまくコミュニケーションが取れないことが、かえって彼女には安心できたのだ。
そして、外国人たちには必ず感謝されるので、うれしい気持ちになった。やがて、それは彼女の中で「自分の幸せ」に変わっていった。ボランティアをしているうちに心が成長し、精神的に安定していったのだろう。やがて彼女は精神的に立ち直ることができた。時間も、彼女の立ち直りを手伝ったのかもしれない。

<ストレス心理コンサルティング>
最悪の状況を考えてしまう
大きな地震が起きると、多くの被災者がトラウマを抱える。トラウマはなかなか癒えず、カタストロフィジング(破局的思考)と呼ばれる心理状態に陥ることもある。物事を極端に悲観的に捉え、考えうる最悪の状況を考えてしまう心理や思考パターンのことだ。
例えば、地震や台風などの自然災害に遭遇し、自宅が被害を受けて「人生が終わった」とまで思い込んでしまう心理状態になることである。そうした思考を繰り返すことで、うつ病になってしまう可能性もある。
トラウマを乗り越える
アメリカの社会学者、カイ・エリクソンは、災害が人との結びつきを破壊し、共有意識を吹き飛ばしてしまうことを「集合的トラウマ」として提示している。災害後、社会は一時期に弱肉強食の時代に戻ってしまう。肉体的な若さや経済的な余裕、強い社会的ネットワークを持っている人たちは比較的早く立ち直れるが、そうではない人たちは、被災後の社会で生き残ることに苦労する。中には、他人と共感する心の核を失ってしまうため、人と心を通わせることができにくくなってしまう人もいる。
一方、トラウマを抱えていた人がそれを乗り越え、内面的な変化を経験することもある。ポジティブ心理学でその変化を「心的外傷後成長(PTG)」と呼ぶ。危機的な出来事や困難な経験を乗り越えた後に、ポジティブな心理的変容が生まれるという意味だ。
アメリカの心理学者、リチャード・テデスキらはトラウマになるような体験をした人の多くが、その後、何らかの心理的成長を遂げることを発見した。例えば、大きな災害にあっても、つらく悲しい出来事ばかりではない。他者への共感性が高まったり、心がオープンになったりして、人生の満足度が上がることもある。
※参考文献
『WHO 災害のもたらす心理社会的影響』中根充文ら訳/創造出版
『人はなぜ逃げ遅れるのか―災害の心理学』広瀬弘忠/集英社新書
『災害・防災の心理学』木村玲欧/北樹出版
『災害から家族と自分を守る「災害心理」の基礎知識』野上達也/セルバ出版
『災害とトラウマ』こころのケアセンター編/みすず書房
『惨事ストレスとは何か:救援者の心を守るために』松井豊/河出書房新社
『災害の心理』清水將之/創元社
『THINK FUTURE「未来」から逆算する生き方』ハル・ハーシュフィールド/東洋経済新社
『立ち直る力』PSYCHOLOGIES編/ディスカヴァー・トゥエンティワン
『人生の岐路に立ったとき、あなたが大切にすべきこと』ブルース・ファイラー/ クロスメディア・パブリッシング
『幸福優位7つの法則』ショーン・エイカー/徳間書店
●文/河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。