誰でも葬儀に出席すると、死を考えるだろう。故人のことを思うと同時に、やがて自分にも死が訪れることを考えずにはいられない。なかには近親者の死にショックを受け、強い恐怖心を抱く人もいる。
死のショックが消えない
38歳の由美は、通販会社で顧客対応の電話オペレーターをしている。彼女には結婚を前提に長く交際していた男性がいたが、3カ月前に別れた。男性に好きな女性ができ、その女性と結婚することになったからだ。由美はショックでうつ状態になり、最近ようやく回復してきたところだった。
また、由美はがんで叔母を亡くしてから、叔母の顔が頭に浮かぶようになった。あるとき、叔母は調子を崩して病院で診てもらったところ、末期がんであることが分かった。余命3カ月と診断され、あっという間に亡くなってしまった。
子供のころ、由美は叔母によく遊んでもらったが、大人になると数年に一度会う程度の関係になっていた。そんな関係だった叔母の死に、強いショックを受けるとは思ってもいなかった。だが、死から1カ月たってもショックは消えず、夜になると気分を紛らわせるためにSNSを見続けるので、睡眠不足になっていた。彼女はそのことについて誰にも相談できず、仕事にも支障を来していた。
叔母の人生
叔母の死後、由美は叔母の夢を見たり、料理を作っているときに背後に叔母の気配を感じたりするようになった。また、夜中にトイレに起きたとき、叔母がリビングのソファに座っているような感覚になったこともあった。そのとき彼女は「叔母は成仏していないのかもしれない」と感じ、怖くなった。彼女が見たのは「悲嘆幻覚」と言われるものだ。うつ状態や強い不安状態に関連して現れるもので、精神的なストレスが極限に達したときに現れる幻覚や幻聴を指す。
叔母は結婚していたが、夫の不倫相手に子供ができたことをきっかけに離婚した。子供ができなかった叔母にとって、夫と不倫相手との間に子供ができたことはショックだった。
離婚後、叔母はうつ病になり、しばらく通院していた。その後、叔母は再婚することはなく、生涯を終えた。由美は「叔母は不幸な人生を歩んだのではないか?」と思い、生き方について深く考えるようになった。
自分の将来に対する不安
由美は、叔母の死と失恋のトラウマのショックが重なり、死への恐怖心を強めていった。また、叔母をがんで亡くしたことから、がんの恐怖も重なった。そして、「叔母は幸福だったのか?」「孤独ではなかったか?」「死は苦痛ではなかったか?」などというさまざまな疑問が、死の恐怖心を強めていった。
そして、由美は叔母の人生に「意味はあったのだろうか?」「女性として幸せな人生だったのだろうか?」「人生の中で、思い通りになったことはあったのだろうか?」などと思い、叔母の人生を否定的に考えるようになった。
由美は、自分の将来に対する不安を叔母の人生に投影していたのかもしれない。それがエスカレートして、人間の価値を否定するような思考をするようになった可能性がある。こうした思考を繰り返せば誰でも悲観的になり、将来が不安になるものだ。
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●文/河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。