近年、労働関係の訴訟は社会的関心が高まり、企業にとって労使トラブル予防の重要性は増しています。判例をもとに、裁判の争点やトラブル予防のポイントなどを解説します。(2026年6月23日)
【事案の概要】
本件は、鉄道事業等を営む被告会社を覚醒剤の所持・使用を理由に懲戒解雇された原告が、退職金の支払いを請求した事案です。
原告は平成7年4月に被告会社に雇用され、主に車両検査業務に従事し、令和4年当時は車両検査主任として勤務していました。原告は平成29年頃から、密売サイトを通じて覚醒剤を購入し、1か月に4回ほど、休前日である金曜日や土曜日に吸引して使用するようになっていました。
令和4年6月4日、原告は覚醒剤取締法違反(所持・使用)の容疑で逮捕され、同年9月28日に懲役2年執行猶予3年の有罪判決を受け、これが確定しました。なお、原告は逮捕に先立ち自己都合退職の退職届を提出していました。ですが、被告会社はこれを受理せず、令和4年7月7日、覚醒剤の所持および使用(以下「本件犯罪行為」)を理由に原告を懲戒解雇しました。
被告の退職金支給規則では、懲戒解雇により退職する者等には原則として退職一時金を支給しない旨が定められていたことから、原告の退職一時金は全部不支給となりました(前払退職金、確定拠出年金の合計約218万円は支給済み)。原告は、本件犯罪行為はすべて勤務時間外の私的な行為で業務に支障を与えておらず、公表、報道もされていないこと、管理職ではない現業職にすぎないこと、27年を超える勤続期間があること等を主張し、退職金全部の不支給は酷に過ぎると争いました。
【裁判所の判断】
裁判所はまず、被告における退職金は「賃金の後払的性格を有する」と認定しました。このような退職金の性格に鑑みれば、退職金支給規則等に基づいて「退職金を不支給とすることができる」のは、当該従業員のそれまでの勤続の労を抹消してしまうほどの「不信行為があった場合に限られる」と判示しました。
裁判所は、本件犯罪行為が覚醒剤取締法上10年以下の懲役に処すべきものとされる「相当重い犯罪類型に該当する」としました。そして、直接の被害者は存在しないとはいえ、覚醒剤の薬理作用による心身への障害が異常行動を誘発すること、密売による収益が反社会的組織の活動を支えていること等の社会的害悪は広く知られているとしました。
そのうえで、原告の覚醒剤への依存性や、原告の業務が公共交通網の安全を支える極めて重要な業務であることを指摘し、ほぼ毎週末に覚醒剤を摂取していた原告が、身体に覚醒剤を保有した状態で車両検査業務に従事していたことは明らかであるとしました。
裁判所は、事態を重く見た被告会社が、延べ758人に対し、延べ211時間10分もの時間をかけて再発防止のための教育措置をとったことは相当であり、さらに、監督官庁に本件を報告しており、限られた範囲ではあるが「外部的な影響も生じている」としました。本件が報道されていない点については、報道されなかったのは偶然の結果というほかなく、原告に有利に「重視することはできない」としました。
そして、原告には27年間勤務を続けていたという以上に、特に考慮すべき功労を認めるに足りる証拠は「見当たらない」としました。そして本件犯罪行為は原告の永年勤続の功労を抹消するほどの不信行為というほかなく、退職金の全部不支給は「相当である」として、原告の請求を棄却しました。
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●文/岡正俊(おか まさとし)
弁護士、杜若経営法律事務所代表。1999年司法試験合格、2001年弁護士登録(第一東京弁護士会)。専門は企業法務で、使用者側の労働事件を数多く取り扱っている。使用者側の労働事件を扱う弁護士団体・経営法曹会議会員。
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