暴力のある家庭で育ち、親のDV※を目撃した子供たちは心に傷を負う。たとえ自分自身が暴力を受けていなくても、ダメージを受ける。DVは世代間連鎖するとも言われており、根が深い問題である。
※DV(ドメスティック・バイオレンス)
恋人や配偶者(事実婚のパートナーや元配偶者も含む)などの親密な関係にある男女間でふるわれる暴力のこと。身体的な暴力だけでなく、精神的なものや経済的なものなども含まれる。
夫に殴られた
40歳の麻美は、結婚して16年になる。夫の翔太(38歳)は、建築関連の小さな会社を経営している。夫婦には14歳の長女と、12歳の長男がいる。夫の態度が変わり始めたのは、麻美が長女を出産した頃からだった。ある日、麻美が不眠と育児疲労で翔太の食事を作れなかったことに対して暴言を吐き、壁に食器を投げつけた。だが、翌朝になると別人のようになって何度も謝るので、麻美は許すことにした。

その後、翔太の態度は徐々に支配的になっていった。帰宅したときに麻美が出迎えないと機嫌が悪くなり、「なんだ、その態度は!」と怒鳴るようになった。その頃から、ささいなことにキレて、暴力も振るうようになった。
ある日、翔太は夕食のエビチャーハンが「臭い」と言って怒り出し、食器を投げ、ダイニングテーブルを倒し、麻美を殴った。長男が翔太に向かっていこうとするのを、麻美が割って入ろうとしたが転倒して顔をぶつけ、鼻血が出た。それを見た長女が「やめて!」と大声で叫んだ。
麻美は鼻血が止まらないので救急病院で応急処置をしてもらったところ、鼻の軟骨が折れていたことが分かった。この日を境に麻美は家事をする気力がなくなり、うつ状態になった。麻美は限界を感じ、「どうやって離婚するか?」を真剣に考え始めた。
友人に相談できない
夫の翔太は、会社では社員に尊敬され、仕事仲間にも信頼されていた。経済的に困っている仕事仲間にお金を貸したこともあった。その翔太が、まさか自宅で妻に暴力を振るっているとは、誰にも想像ができないことだった。
麻美にとって翔太は自慢の夫だった。翔太は稼ぎがよく、麻美は経済的に恵まれた生活をしていた。友人たちとの食事会で翔太からもらったハイブランドのバッグを見せると、羨望のまなざしで見られた。だから、友人たちにDV受けていることは言えなかった。夫に暴力を振るわれたときに誰かに話を聞いてほしいと思い、スマホを手にしたこともあるが、結局連絡できなかった。身内の恥をさらすことに耐えられなかったからだ。麻美の心は孤立していた。
DVがもたらす家族への影響
長期間DVにさらされている家族は、特別な関係になるようだ。例えば、夫が妻に暴言を吐いたり、暴力を振るった後、急に優しくなり、翌日にはプレゼントを持ってくる。脅しと慰めや愛情表現(偽の愛情)を、同じ人間が交互に行うのだ。こうした行為で家族はDV夫に心理的に操作され、依存的になっていく。監禁された人が、加害者を救済者と錯覚してしまう「ストックホルム症候群」に似た状態である。
翔太の暴力が日常的になると、麻美は異常性を感じなくなった。子供たちが「面前DV」の深刻な被害を受けていることも、認識できなかった。「面前DV」とは、18歳未満の子供の目の前で配偶者間や家族間でDVが行われることだ。児童虐待防止法で心理的虐待の1つとして扱われており、子供の心身の発達に深刻な悪影響を及ぼす。
面前DVは麻美の子供たちに、大きな影を落としていた。長男は、子供の頃から落ち着きがなく、成長すると万引きをするようになった。長女は、うつ病や摂食障害になっていた。子供たちは「自分なんか生まれてこなければよかった」「父親が母親に暴力を振るうのは自分のせいだ」などと思いながら育ったのかもしれない。
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●文/河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。