大手企業が大規模なリストラを行うというニュースが流れると、それを見た人は、その企業で働いている人たちのことを心配するだろう。だが、1カ月もすると他人事になり、忘れてしまう。しかし、過去にリストラを経験した人だったら、不安を感じて、うつ状態になるかもしれない。
心が折れた男
38歳の翔太は大手自動車メーカーの工場に勤務していたが、リストラが発表されて工場の閉鎖が決まった。彼は製造ラインで働く中堅の従業員だった。妻子があり、35年の住宅ローンもあった。思い描いていた未来は見えなくなり、心が折れてしまった。
その後、翔太は同僚から心配されるような簡単なミスを繰り返すようになった。夜も眠れず、体調不良が続き、集中力も低下していた。今後の仕事や生活のことで不安になり、無気力な状態になっていた。妻の勧めで精神科を受診すると、医師に「適応障害と軽いうつ病ですね」と言われ、薬を処方された。受診後は眠れるようになり、会社にも行けるようになった。だが、「これからどうなるのか?」「自分の将来は?」という不安は拭えなかった。
翔太は休暇を取り、1人で旅行をすることにした。きっかけは「気分転換でもしたら」という妻の言葉だった。車を運転して大きな湖に着くと、ゆっくり散歩を楽しんでいる老夫婦や絵を描いている老人がいた。湖を見ていると、不思議と心が落ち着いてきた。翔太は、「これから何がしたいのか」を考えた。すると「自分は車が好きで、これからも車に関わる仕事をしていきたい」という思いがこみ上げてきた。
ネガティブな考えに支配される
翔太は実家に行き、両親にリストラで仕事がなくなることや考えていることを話した。そして、自分は車が好きで、これからも車に関わる仕事をして生きていきたいと伝えた。両親は経済的な支援を約束してくれた。自分の家に帰り、妻に自分の再スタートについて話すと応援すると言ってくれた。翔太は専門学校に通って自動車整備士の資格を取り、整備工場に再就職することを考えていた。
翔太は工場を退職し、専門学校に入ることを決めたが、突然不安感が高まり、再び心が折れてしまった。頭の中がネガティブな考えに支配されたのだ。学校に通っても資格が取れなかったら整備工場に就職できない、そうなったらどう生きていけばいいのか、などと考えるようになった。そして「失敗するくらいなら、何もしないほうがいいかもしれない」と思うようになり、再び無気力な状態になった。
損失回避バイアス
人間は本能的に失敗を恐れるものだ。未来の成功を夢みるよりも、失敗を恐れる人は多い。人の脳は成功よりも損失を強く感じやすく、これを損失回避バイアスという。翔太はこのバイアスによって、再び心が折れたと考えられる。そして、ネガティブな思考の悪循環も起きた。再起するには、このバイアスを知り、自分の思考や行動を理解する必要がある。
現在のことばかり考えていると、今の状況に振り回され、視野も狭まってしまう。だから、目標を達成した未来の自分に焦点を合わせ、そこから逆算して現在の行動を決めるといい。そうすれば少しずつ未来の自分に向かうことができるはずだ。
翔太の計画には無理があったと考えられる。資格をとって就職するという直線的なもので、現実に即していなかった。例えば、整備工場が併設しているガソリンスタンドでアルバイトをしながら、専門学校に通う。そして、資格をとったらガソリンスタンドで整備の仕事をするということなら実現性があるだろう。
●文/河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。