日本では顧客対応の心構えとして「お客様は神様です」というフレーズが、長く使われてきました。もちろん、顧客に対する敬意や誠意は今も重要ですが、時代は変わりつつあります。
近年、顧客からの理不尽な要求や暴言・暴力などを指す「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が社会問題となっており、企業の現場に深刻な影響を及ぼしています。カスハラを受けた従業員が心身の不調を訴え、退職に至るケースも少なくありません。それでも「お客様第一」を盾に、現場の従業員を守らないマネジメントが続けば、組織の土台そのものが崩れてしまう危険性があります。
今、企業に求められているのは、従業員満足(ES)を大切にする姿勢です。従業員が安心して働ける環境こそが結果的に質の高いサービス、つまり顧客満足(CS)につながります。実際、こうした時代の流れを受けて、東京都や北海道では2025年4月から「カスタマーハラスメント防止条例」が施行され、事業者にはカスハラ防止のための体制整備や職場環境改善の努力義務が課されることになりました。これは、従業員の尊厳と安全を守る姿勢が社会全体で求められていることの表れとも言えるでしょう。
今回は、職場で実際に起きたカスハラの事例を通して、マネジメントとして「どう対応すべきだったか?」を考えます。
■今回の事例
大手通信販売会社のカスタマーサポート部門に勤務するAさん(30代女性)は、理不尽なクレーム対応に追われていました。高齢の男性顧客から連日かかってくる電話で、商品とは無関係の個人的な話に始まり、次第に「バカ」「辞めてしまえ」といった暴言へとエスカレート。Aさんは精神的に追い詰められ、食欲不振や不眠に悩まされるようになりました。
Aさんは思い切って直属の上司であるB課長に相談したところ、B課長にこう言われました。「それは大変だったね…。分かるよ、俺も若い頃に似たようなことがあったよ。でもさ、上手に対応しないとクレームがさらに大きくなるからね。頑張ってね」
その言葉にAさんは落胆しました。自身の体験談を語るだけで、現場の状況を改善しようという動きは一切ありません。マニュアルどおりの“顧客第一”が優先され、現場で苦しむ自分は二の次。最終的にAさんは心療内科を受診し、休職に追い込まれました。
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●文/山田真由子(やまだ まゆこ)
山田真由子社会保険労務士事務所代表。特定社会保険労務士、公認心理師、キャリアコンサルタント。26歳のときに3度目の受験で社会保険労務士に合格。さまざまな業種にわたり、約15年のOL 生活を経て、2006年12月に独立開業。現在、「誰もが輝く職場づくりをサポートする」をミッションとして活動している。経営者や総務部担当者などから受けた相談件数は延べ10,000件以上、セミナー登壇は1,500回以上を数える。著書に『外国人労働者の雇い方完全マニュアル』(C&R研究所)、『会社で泣き寝入りしないハラスメント防衛マニュアル部長、それってパワハラですよ』(徳間書店)、『すぐに使える!はじめて上司の対応ツール』(税務経理協会)。