あなたの友人や知人で、「下請けいじめ」に苦しんでいる人はいないだろうか? 下請いじめとは、発注側の企業(元請け)が優越的な立場を利用して、受注側の企業(下請け)に不利益を与える行為のことをいう。例えば、不公平な取引を持ち掛けたり、無料奉仕を強いたり、無理に製品を買わせたりすることだ。
社員に給料が支払えない
37歳の裕太は小さな建設会社の社長をしているが、若いころはホストクラブで働いていた。だが、思ったような収入が得られないので辞めた。その後、ホストの先輩の誘いでバーの呼び込みをするようになり、それなりの収入を得るようになった。そんな折、付き合っていた彼女が妊娠し、結婚することになった。そのとき、彼女から「正業についてほしい」と頼まれた。それで手に職をつけようと考え、バーの呼び込みの仕事を辞めて工務店に就職した。職場は年下ばかりで、あごで使われるのは屈辱的だったが、なんとか耐えて仕事を身につけた。
その後、2級建築士を取得すると退職し、別の工務店に勤めた。前職では身に付けられなかった技術を習得すると、仲間に声をかけて小さな建築会社を起業した。地道な営業活動で仕事は入るようになったが、下請けの仕事が多いために資金繰りに苦労するようになった。仕事をしても、代金をなかなか支払ってくれないのだ。元請けの会社に連絡すると「少し待ってくれないか」と言われ、支払いを延期された。そんな会社ばかりで、社員の給料も遅れるようになった。裕太は一生懸命やっていたが、こうしたことがあるとは思ってもいなかった。理不尽な状況にどうすることもできず、徐々に仕事への情熱をなくしていった。
情熱がなくなる
会社をはじめたころ、裕太は仕事をもらうのに必死で、支払いを延期されても我慢した。そのため仕事には困らなかったが、支払いを遅らせられることが常習化した。それは、ぬかるみにはまったトラックのようなものかもしれない。仕事をしても支払いが滞ることが増えていく。アクセルを踏めば踏むほど、さらにぬかるみにはまるようなことだ。こうした現象を能動的惰性という。環境や状況が変わっているにもかかわらず、過去にうまくいった手法に頼って対処しようとすることだ。
裕太は、これまでのことを見直す時期にきていた。例えば、家を建てる仕事も技術の進歩で大きく変わった。木材はコンピューターで図面どおりに加工され、現場に運ばれてくる。基本的には、それを組み立てるだけで家はできるのだ。必要な道具はカンナやノミ、のこぎり、金槌ではなく、インパクトドライバーと大きい木槌だけでほとんど組み立てられる。かつての大工と、今の大工の仕事はまったく違っているのだ。
邪悪の正当化
「下請けいじめ」は、「邪悪の正当化」で起こると考えられる。第2次世界大戦のころ、ナチスドイツの医師たちはアウシュビッツで信じられないことを行った。恐ろしいことだが、人間はどんなことにも適応し、普通の感覚で行うようになっていく。これが「邪悪の正当化」だ。
元請け会社も最初は支払いの遅延に罪悪感を持っていたとしても、やがて「仕事をあげているから感謝しろ」などという感覚に陥ってしまうのかもしれない。それが「下請けいじめ」につながっていく。「下請けいじめ」をする会社は道徳心を喪失していて、お金を得るためには手段を選ばなくなる。こうして目的のために手段を選ばないことをマキャベリズムという。エスカレートすれば、メンタルヘルスの問題や体調不良につながる可能性がある。
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●文/河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。