勤務先での昇格や昇進をきっかけに、うつ病になる人がいる。要因としては、職場環境や立場、人間関係などの急激な変化に対して、一時的に適応力が限界を超えてしまったことが考えられる。中には、そうしたストレスで食事ができなくなる人もいる。

事務職から営業に異動
28歳の麻衣は中古自動車販売店に勤務して3年になる。事務職で入社したが、2年目から営業職に変わった。子供の頃から車が好きで、人と接するのも苦ではなかった。事務職の頃からお客さんへの印象はよく、営業でも持ち前の笑顔を絶やさなかった。また、相手のニーズを汲み取り、それに合った情報を提供することに長けていた。彼女は天性の営業マンで、月間売上でトップになることもあった。そして入社3年目にチームリーダーを命じられ、3人の部下を率いることになった。
チームリーダーは部下の業績についても責任を負うため、麻衣は精神的に追い込まれた。以前から自分はチームリーダーには向いていないと思っており、命じられたときから精神的な負担を感じていた。そしてストレスで無意識のうちに歯を食いしばってしまうようになり、うまく食事をとることができなくなった。
やがて麻衣は食欲もなくなり、ゼリーやジュースなどで済ませるようになった。しかし、カロリー不足や栄養不足が重なり、体力や気力が落ちてきた。なんとか、仕事はこなしていたが、営業への意欲がなくなっていった。やがて焦燥感が強くなり、夜も眠れず、うつ状態になった。麻衣は、会社に病気休暇を願い出た。
共感疲れとプレッシャー
麻衣は店に新車が入ると、その車の特徴を徹底的に調べ、すぐに試乗した。また、彼女の共感力は天性のものだった。お客さんが快適に過ごせるように、質問には丁寧に答えるが、不要なことは言わなかった。これはいわば彼女のセールステクニックだが、疲労を伴うものだった。これは「共感疲れ」といわれるもので、他人の気持ちに寄り添い続けることで心身が消耗し、疲弊してしまう状態のことである。
彼女は、お客様への対応で共感疲れになっていた。それに加えてチームリーダーになるプレッシャーが重なり、無意識に歯を食いしばってしまう「クレンチング症候群」になったのだ。原因はストレスや過度の緊張状態で、歯の摩耗や知覚過敏、顎関節症などを引き起こし、重症化すると歯が割れることもある。予防策は適度なストレス発散や休息が有効といわれる。
麻衣はチームリーダーになることが分かったときから、強いプレッシャーを感じていた。責任のある立場に立たされることは嫌だったが、上司に伝えられなかった。チームリーダーになれば、売上目標を設定し、部下を教育・指導する立場になる。完璧主義の彼女はなんとかこなそうとしたが、あれこれ悩み、まったく眠れない日が続いた。そして、うつ状態になってしまった。
人生のターニングポイント
会社は、期待を込めて麻衣をチームリーダーに命じた。だが、彼女にとってそれは大きなプレッシャーを伴うものだった。彼女の意向を聞き、慎重に適性を見るべきだったと言える。
また、麻衣はプライベートで悩みを抱えていた。周囲では結婚する友人が増え、子供が生まれる人もいたが、彼女は不倫をしていた。そんな状況から自分の人生を真剣に考えるようになった矢先にチームリーダーの辞令が出た。そのとき、彼女は「今が人生のターニングポイントかもしれない」と思ったが、誰にも相談できず、今まで感じたことがない「孤立した感覚」に襲われた。
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●文/河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。