第23回「上司を憎悪する男」
今回は、上司に対して憎しみの感情を抱いた男性の事例です。
組織に入れば必ず上司がいる。その中にはイヤな上司もいれば、面倒見のいい上司もいる。いつも部下には寛容で、「責任は自分がとる」というような男気のある上司であればいいのだが、憎い上司もいる。
妄想する男
剛司は、心筋梗塞で入院することになった。治療を受けてすぐに退院したが、その後、職場に戻りたくなくなってしまった。彼は入院して職場から離れている間に、毎日のように上司に叱咤される悪夢にうなされた。「やるしかない」「あのヤローは虫けらだ、殴られて当然だ」「どうやってぶっ飛ばすか」など、上司に一泡吹かせることばかり頭に浮かぶようになった。
思い出せば、いつも、自分より若い上司に、自分の存在を全面否定するような態度をされ、腹を立てていた。IT関連企業に就職し、20代、30代にはいい仕事をしてきたが、40代になって業績が悪化し、何をやっても空回りしていた。病院では、心筋梗塞になった原因は「仕事のストレスや不規則な生活、偏った食事、運動不足などが原因」と言われた。それから、職場で上司の言葉や態度などが次々に頭に浮かんできて、止まらなくなったのだ。
ダブルバインド上司
上司は部下に意見を求めるが、結果的にすべて否定するタイプの人間だった。一見、許容力のありそうな態度をとるが、実はまったく他人の意見を受け入れない、ダブルバインド上司だった。上司には、結果を出せない人間はただのゴミにしか見えない。それで、結果の出せない剛司は、存在そのものを否定されるような発言をされていたのだ。
「その件は任せるよ」と言いながら、「なぜ、こと細かく報告、相談しないんだ。仕事の基本だろ、まったくダメな人間だ」と怒鳴る。「自由に意見を言ってほしいんだ」と言いながら、実際に意見を言うと、「君の意見なんか聞きたくないんだよ。成果の上がる考えを聞きたいんだ。なんだ、その意見は?」などと全面否定する。
ダブルバインドは、もともとコミュニケーション精神病理から出てきた言葉で、精神的な問題を抱える家族の研究から発見されたものだ。ダブルバインドのコミュニケーションをする親の子供は統合失調症のような精神疾患になりやすいという。だから、ダブルバインド上司を持つ部下は、うつ病のような精神疾患になってもおかしくない。
ダブルバインド上司本人は、自分がそうしたゆがんだコミュニケーションをしていることにまったく気づかないものだ。なので、直接注意しても意味がない。部下とのコミュニケーション研修などを行い、教育するか、別な部署に異動させるしかないのだ。
壊された家族
剛司は、職場では、いつも元気でストレスをまったく感じさせないタイプの人間だった。しかし、家庭では攻撃的で、ささいなことでも自分の思いどおりにいかないと腹を立てて、すぐに不機嫌になっていた。その気分を紛らわすために大酒を飲んでいた。
妻とは恋愛で結婚したが、変貌する夫とのストレスでうつ病になり、精神科病院に入退院を繰り返していた。子供は小さい頃から虚言癖があり、窃盗を繰り返していた。ようやく思春期になったある日、バイク事故で即死してしまった。
職場のストレスが家族の中で玉突き事故を起こしたのだ。そうして独身になった剛司は、ローンだけが残った家で1人で住んでいた。心筋梗塞になって、家族が壊れるほどのストレスを上司から受けていたことに初めて気がついた。剛司の心に復讐の炎が燃えてしまったのだ。
<メンタルヘルス豆知識>
剛司は職場のストレスが原因で、心筋梗塞やうつ病が同時に併発したケースだ。心筋梗塞の治療はうまくいったが、うつ病によって心筋梗塞や脳梗塞が再発するリスクはある。職場のメンタルヘルスの問題は、こうした身体疾患があることを忘れてはならない。また同時に、職場のストレスが従業員の家族に与える影響を考慮する必要がある。従業員とその家族の心も体も健康であれば、会社は健全だ。
うつ病には身体疾患と合併し、攻撃的な行動に出るものがある。うつ病は落ち込んでいて元気がなく、悲観的な状態という先入観を捨てなければならない。
従業員に、うつ病で暴力的な衝動があれば、すぐに専門医に治療を受けさせることが当然である。また、しっかり休養をもたらせるべきだ。剛司の場合には、上司への憎しみがどの程度なのか、慎重にアセスメントする必要があった。計画性や衝動性を知る必要があったのだ。
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●河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。
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