第26回「泣く男」
今回は2つの事例をもとに、性別の役割意識について考察します。
人はどんなときに涙を流すだろうか。人生に光る涙もあれば、愛する人を失って流れる涙もある。人は感動や喪失で涙を流すが、意味なく泣くこともある。
ただ、泣く男
40代後半のビジネスマンで、よく泣く男がいた。訳も言わずにひたすら泣き、泣き疲れると寝てしまった。会社で異動があっても新たな仕事を覚える気力がなく、失敗ばかり。家では妻や引きこもりの子供と仲が悪い。住宅ローンにも疲れ果てていた。本音を言える友人もなく、趣味もない。居場所がなく、心の休まる場所がなかった。
そして彼にはいつでも、誰かに管理されている感覚があって、心の自由がない。心が追い詰められていたのだ。彼はふと、「男は男らしく、我慢ですよね」と言った。彼を苦しめていたのは、男はこうあらねばならないという、呪縛だった。彼は、そういう「生きづらさ」を抱えて生きてきたのだ。
男らしく、女らしく
男は男らしく、子供のころから無意識に植え付けられたプレッシャーがある。例えば男らしくとは、我慢をする、弱音を吐かない、疲れたと言わずせっせと働く、そんなイメージだろうか。仕事をして妻子を養い、家では家長としていつも毅然としている。かつてはそんな風潮があった。
だが、現在はそんな生き方に追い詰められる人たちがいる。それが自分を苦しめているならば、「そんな生き方はクソくらえだ」と思ってみてもいいだろう。また、その逆に、女は女らしくということも、女性を苦しめている場合がある。
3歳の子供がいる29歳の既婚女性も泣いてばかりいた。彼女は自宅近所のスーパーでパートをしていた。家事や子育ては苦手だったが、子供のいるごく普通の家庭を望む夫に合わせるように妊娠、出産した。だが、妊娠中からうつ気分になり、産後もうつ状態が続いた。彼女は面倒なことが嫌いで、料理や掃除は独身のころから苦手だった。育児は面倒くさいことばかりで耐えられなかった。また彼女は人間関係にも強いストレスを感じており、生きることに面倒くさくなっていた。
「多くの男性は、女は料理が好きで、掃除が得意で、子育てが楽しいと思い込んでいますよね。私はそれが嫌いですが、なかなか理解されないんですよね」
彼女はそう言った。彼女は、女であることに疲れ果てていたのだ。
性別の役割
われわれは無意識に「女性だから家事ができて、子供を産み育てて当たり前」と思っていないだろうか。職業に向き不向きがあることと同じように、そうしたことにも向き不向きがあるのだ。
最近は、男性の女性化、女性の男性化が進んでいる。原因として環境の変化や生物としての進化、戦争がない状態などが語られており、性転換する人の増加や男性の精子の減少なども起きている。こうした現象はなかなか理解しにくいが、メンタルヘルスの問題にも絡んでくるのだ。
先述した2つケースには、どちらも複合的なストレスがあった。会社の仕事上のストレスや職場の人間関係、家庭のストレスなどが複合して、がんじがらめになっていた。どちらのケースも将来は今の延長上にあり、つらい日々が続くということが余計にストレスを増幅させていた。
未来ストレス
将来のストレスの予測は未来の失望につながる。未来にもストレスが続くことを、私は未来ストレスと呼んでいる。彼らの場合、現在の複合ストレスと未来ストレスが重なり、うつ状態や不安感を招いていた。それに彼らは元から「男らしさ」、「女らしさ」の病によって、「生きづらさ」を抱えた生き方をしてきたのだ。だから、なおさら苦痛だった。
彼らは誰に話しても理解されないと思い込んでいた。だから泣くしかなく、泣くことで少しだけ癒やされたのだ。心の行き場のない彼らは泣くか、アルコールや薬物で心をまひさせるか、最悪の場合には自殺を図って自らを葬りかねない。もし、ひたすら泣く人がいたら、心理カウンセラーのいる精神科の受診を勧めることだ。重いうつ病や不安性障害の可能性があるからだ。
※次ページ以降の閲覧には、会員登録(無料)が必要です
●河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。
この記事のキーワード
クリックすることで関連する記事・データを一覧で表示することができます。
一覧ページへ戻る
その他のコラム記事を見る