第44回「カルト教団に勧誘された女」
職場のメンタルヘルスに関する事例・対策などについて、専門家が解説します。
時折、テレビでカルト教団のニュースを見る。最近、アメリカのカルト的な教団で殺人事件が起きた。私たちはこうしたカルトとはまったく関係ないと思っているが、果たしてそうだろうか。いつでも、どこにでもカルトのわなは潜んでいる。
部下からの相談
啓太は、精密電子機器メーカーの係長をしている。ある日、会社を1週間休んでいる奈美から電話が入った。「会社では話せません。どうしても外で話を聞いてもらいたいんです」と、切実な相談だった。
待ち合わせのハンバーガーショップに行くと、奈美は「新人の麻由に食事に誘われたんです。店に行くと占いの得意な友人を紹介され、恋愛や結婚運を占ってもらいました。それから、麻由の入っているサークルに誘われ、宗教的な話ばかり聞かされたので、次から食事の誘いを断ったんです。すると悪霊に襲われて次々に最悪なことが起こるとか、入会を断って交通事故で死んだ人もいた、なんて言われて怖くなって…」と話した。
奈美は、それから眠れなくなり、会社に出社できなくなるほど、うつ状態になってしまったのだ。
ミイラ取りがミイラに!
啓太は、麻由に事情を聞くことにした。奈美にどんな話をしたのか、知りたかったからだ。仕事が終わったあと、麻由に声をかけ、食事に行くことにした。まずは、仕事の近況を聞くためと偽った。
1時間ほど仕事の話をした後、「奈美から少し話を聞いたんだけど、麻由さん、なんか宗教やっているんだって? それって、どんな宗教なの?」と、啓太は切り出した。
麻由は21歳。若々しく、プロポーションもよく、とても魅力的で啓太の好みの女性だった。啓太は、麻由の宗教の話を熱心に聞いた。すると翌日、彼女に教団の書籍をプレゼントされた。それから2人で読書会をすることにした。2人は引かれあい、すぐに性的な関係になった。
カルトに狙われた会社
その後、啓太は奈美から連絡を受けたが、麻由が彼女を脅したという話は信じなかった。啓太は教団の施設に出入りし始めると、講習や研修を受け、合宿にも参加するようになった。彼は、麻由と一緒にその宗教について学習した結果、教団への信仰心が急速に深くなった。そして、啓太は、教団のメンバーとなってしまった。
彼は会社で教団の普及活動を始めた。やがて、新たな自分のサークルを作り、会社の独身女性を中心に勧誘していった。
驚いたのは奈美だった。相談した啓太が教団に入信したので、すっかり自分の話をうそだと決めつけられてしまった。奈美は、人事担当者に「復讐されると怖いので、なんとか転勤させてほしい」と頼み込んだ。このとき初めて人事担当者は、会社がカルト教団に狙われたことを知ったのである。
<メンタルヘルス豆知識>
現代の若者たちには、カルト的な教団にはまるような予備的な感覚がある。精神科医の香山リカ氏(『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』香山リカ著/幻冬舎新書より引用)の大学生135人への調査(2006年)では、一度死んだ人間が生き返ることがあると答えた学生は24%、魂や霊魂があると思っている学生は61%、前世や生まれ変わりがあると答えた学生は56%、人にはその人特有の色のオーラがあると答えた学生は80%いた。
だから、「占いで前世を知りたくないか?」と誘われても、半数の若者は何をバカなことを言っているんだとは思わない。たまたま、そのときその誘いに乗るか乗らないかだけのことなのだ。従ってカルト教団に勧誘されても仕方のない、危ない若者が多いといえる。
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●河田俊男(かわだ としお)
1954年生まれ。心理コンサルタント。1982年、アメリカにて心理療法を学ぶ。その後、日本で心理コンサルティングを学び、現在、日本心理相談研究所所長、人と可能性研究所所長。また、日本心理コンサルタント学院講師として後進を育成している。翻訳書に「トクシック・ピープルはた迷惑な隣人たち」(講談社)などがある。
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